八十七話 呉越同舟
「単刀直入に聞くぞ。お前はチヒロの兄を知ってるか?」
「……さあ、誰だか存じ上げかねますわ。そのチヒロと言う名前も。ワタクシ、女性なら名前を全て覚えてますので」
嘘をついてる気配はない。やはりシロと見るべきか。正直、犯人と言われても驚かない自信があったんだけれど。
さあ、これで本格的に分からなくなってきたな。だって怪しいと思ってた連中が軒並みこれだぞ。
トントン=ただの差別的思想のアホ。
Hワイト=変態マザコン野郎。
オーセニ=クレイジーサイコレズ。
と、来たもんだ。何だこれ。
「ヴェスナーはどうしたんだ?」
「はぐれましたわ。あなたが先ほど言ってたミノタウロスの群れに襲われ、蹴散らした時には見失ってました。連絡がつきませんの」
「………」
怪しいなぁ。何を目論んでいるのか……。まさか、庇ってんじゃないだろうな? 確証が無いから追及はしないけど。
しかしあの時見たチヒロの姿も問題だ。アレが何なのか……正体を掴まないといけない。
……まずはとにかく他のランカーと合流だ。
「……俺はミノタウロスを倒しに行く。アンタも手伝って貰うぞ」
連れて行きたくないが、裏で暗躍されても困るので目に届く場所に入れておくべきだろう。
「強引ですわね。せめてこの服と、怪我は何とかなりません?」
俺は魔法で破かれた部分は綺麗に修繕した。
「全快にさせたら、また俺を襲うだろ」
「すっかり毛嫌いされてしまいましたわね……哀しいですわぁ」
白々しい泣き真似を無視し、歩き出す。
「確かこっち、だったな」
スキルを頼りに元来た道を戻るが、妙な違和感を覚えた。
……静かすぎる。あれだけの大群と戦っているのに、響いてこないわけがない。それとも決着がついたのか?
胸騒ぎを覚え、走り出す。
「ちょっと、待ってくださいまし!」
後ろから抗議するオーセニ。負傷のせいで足が遅い。
「ああ、面倒だ!」
「あらぁ!?」
俺は魔法でオーセニを浮遊させ、再度走り出す。
抱き抱えないのかって? 絶対にイヤだ。
ミノタウロスとの戦いになっていた広場に入る。途端、ムワッと鼻を衝く獣臭と血生臭いに顔を顰めた。
あちこちに破壊痕やミノタウロスの死骸が転がり、酷い有様だ。
「人気が無いですわね。ヴェスナーと言い、皆さんどこへ行ったのかしら……」
洞窟内は耳が痛くなるほど静まり返っている。マッシブマンも王玉兄弟もいない。
「ドローンがあったら、リスナーさんに聞けたんだけどね」
俺はジトっとオーセニを睨む。
「仕方ありませんもの。二人だけの世界を作るためには。予備は無いんですの?」
「あったらとっくに使ってる」
ドローンは高いんだ。経費で落ちるけど、値段が値段だけに気楽に頼めるものじゃない。
「と言うか……」
オーセニをチラリと見る。コイツと二人っきりかぁ……。回復させないで良かった。
「あの、いくらワタクシでもこんな状況で襲ったりしませんわよ?」
「……嘘くさい」
「うう、コメットさんの好感度が壊滅的ですわぁ」
「逆にあんなんで上がると思ってるのか?」
だけど、みんな何処に行ってしまったんだ? ミノタウロス相手に撤退するとは思えないし、何か予期せぬ事態が起こったのか?
スキルで魔力を追跡してみても大人数が入り乱れていたせいか、うまく機能しない。
「ワタクシの召喚獣なら匂いを辿れますわよ」
「……出来るのか?」
「ええ。それであなたの後をコッソリとつけて……」
「分かった。それ以上言うな。今だけは協力しようと思う気持ちが萎える」
疑ってばかりでは前に進めない。ここは呉越同舟だ。
「やってくれ」
「はい、お任せあれ」
オーセニは先ほど乗っていた獣を呼び出す。そいつは犬のように地面の匂いを嗅いでいたが、急にピタリと止まった。
そして目の前の横穴に向かって一声鳴き、走っていく。
「誰か見つけたようですわ」
俺たちはその後を追いかける。入り組んだ内部を突き進んでいくと、点々と血が落ちているのを発見した。まだ濡れている。
「誰かいるか!?」
声を掛けながら獣の後を追いかけた。やがて行き止まりに突き当たるが、そこに誰かが倒れている。
「大丈夫か?」
最大限に警戒しながら近づいていく。明かりが照らし出したのは――ランだった。酷い怪我をしている。体中が血まみれだ。
「……どうした? 何があったんだ?」
回復魔法を施しながら問いかける。
かなりの怪我だ。命に係わるかもしれない。
「くそ、死なせたりしねぇぞ」
俺は更に上位の回復魔法を施すと、ランが薄っすら目を開いた。
「……気を付けて、下さい。敵は、姿を、変えます。騙されないで……」
絞り出すような声で告げ、また目を閉じてしまう。呼吸は続いているが、予断は許さない。
しかし、今ランは何て言った?
「敵は姿を、変える……?」
「だからワタクシを見るのは止めてくださいまし!」




