八十五話 VSオーセニ 2
「誰がするかよバーカバーカ」
「まあ。なんて口の悪い……!」
再度、爆発したかのような速度で肉薄してくるオーセニ。しっかり見てないと、一瞬で視線を切られる。瞬発力も指折りのレベルだ。
「行きますわよぉ!!」
縦、横、斜め、上下左右縦横無尽に双剣が乱舞する。しかも一発一発が速く、鞭のように激しくしなる。こちらも最適のタイミングで防御し、剣撃の嵐を捌いていくが非常に受けづらい。常に死角から剣が飛んでくる。
何なんだこの動きは……こんなに身体をくねらせる双剣士は見たことが無い。
「まだまだ! 速度を上げますわ!」
更に高まるスピード。加えて凶悪なフェイントや緩急までつけ始めてくる。
エグい速度の刺突が途中で軌道を変え、喉笛に食らいつこうとする斬撃に化けた。
「あっぶねぇ!」
反射的に上体を反らすが、すぐ目の前を刃が通過していった。巻き込まれた髪の毛が数本、舞う。
「逃げてるだけじゃ勝てませんわよ!」
勢いに乗ったオーセニは猛攻を繋げようとする。
だが、こちらも無意味に逃げに徹したわけじゃない。
クセと挙動を見抜くためだ。ここまで手札を切るのは本当に久しぶりになる。少し、楽しくなってきた。
「ああ、だから今から――征くぞ」
俺は前傾姿勢になり踏み込みと共に、オーセニの猛威の真下を掻い潜る。
「ん、な!?」
向こうからすれば、シーンを切り取ったかのように俺が突然現れた風に見えただろう。
これは縮地の上位に当たる移動強化スキル、『強縮地』だ。スピードに極限にまで振り切った結果、真ん前と真後ろにしか動けない二次元的なモノになってしまったので、強敵相手には良く見極めてから使うようにしている。
「星迅剣!」
「甘く、見ないで、くださいまし!!」
音速の刺突を間一髪、剣の腹で受け止められた。
しかし今度はオーセニが激しくノックバックしていく。
「なん、て威力……! あなたの馬鹿力はどうなってますの?」
「そりゃこっちも神様のお膝元で修業してたんで」
「あら、興味深い事を言いますわ! どんな神様なんでしょうね!」
荒く肩で息を切らしながら微笑むオーセニ。双剣を振り抜くと、黒と白の十字の斬撃が飛ばされてくる。
俺はサイドステップで大きく右へ切り、強縮地で距離を一気に潰していく。
「っッ!!」
急接近に気づいたオーセニは双剣をクロスさせ、防御を固める。それもろとも破壊すべく、力任せの剛剣を打ち込む――と見せかけて寸止め。
本命の回し蹴りを放つ。
「炤霆脚!!」
スキルを宿す一撃で意識を刈り取るつもりだったが、感触が薄い!
その割に派手に吹き飛ぶオーセニを見て理解する。
……またタイミングを合わせて飛ばれたか。
まるで風に舞う木の葉のように手応えが無い。
先ほどの妙な体の動かし方と言い……ロシア……まさか。
「……お前、システマかそれ」
「流石ですわね。正しくはシステマをベースにした、ワタクシ独自の双剣術になりますが」
召喚術による自己強化と、それを最大限生かす戦闘術。
攻守に亘って隙が無い。
だが、惜しむらくは――。
「……その召喚、かなり体力を消耗するんだろ」
「そこも、お見通しですか……ええ、持って後数分でしょうね」
「ならもう良いだろ。無意味だ」
「いいえ。ワタクシにとっては有意義なものになるでしょう。勝てなくとも、あなたと言う存在に触れられるのなら!」
狂気的な笑みを張り付け、差し迫る。
俺は無言で迎え撃つ。
小細工も何もない、純粋な真正面からのノーガード殴り合いだ。
コイツには力で分からせる以外に手段は無い。
「ワタクシの欲を満たすのなら、何だってしますわ!!」
剣と剣がぶつかり合い、火花が散った。あらゆる方向から打たれる斬撃を躱し、受け止め、退ける。
再び変幻自在の剣捌きが始まるが、もう二度目は通用しない。
荒れ狂う白と黒の刃の嵐の隙間を掻い潜り、俺は右手の人差し指を突き出す。
「終わりだ」
刹那、オーセニが激しく跳ね飛ばされた。受け身を取る事も、踏ん張る事も出来ずに壁面へとまともに直撃する。
「かっは……、それは、ジークンドーのワンインチパンチ……!」
「ああ。ほぼノーモーションから来る一撃なら、逃げようがないだろ」
深く咳き込み、吐血する。国宝とも言える世界ランクにとんでもない狼藉になるが、こうでもしなきゃ止まらんだろう。
「ま、まだ、まだぁ!」
血の塊を吐き、膝を震わせて立ち上がる。
「ワタクシは、満足していませんのよ!!」
その両手からは既に双剣が消え去っているのに、彼女はよろめきながら近づいてくる。
もう走る事すら出来ないのに、凄まじい妄執だ。
「………」
尚も止まらないのなら、止めるしかない。
中途半端な情けは、自分を巻き込むだけだ。
「――ご苦労だったよ。コメット君」
しかし、その時――別の声が響き渡る。
同時に勢いよく散る血飛沫。
オーセニの胸元から、一本のレイピアが突き出ていた。




