八十三話 幻
何故、このダンジョンにクレタ島にしかいないミノタウロスが湧き出したのか。
その疑問はすぐに氷解する。
マッシブマンの剛腕で殴り飛ばされ、絶命した個体の死骸が粒子となって消え失せたのだから。
「何だコイツは!? 死体が消えたぞ!」
周りはこの現象に動揺するが、俺は別の意味で舌打ちしたくなる。
間違いない。バグアイテム、『蒐集文庫』だ。
やはりこの中にチヒロの兄の命を奪った奴が紛れ込んでいる。
「ハァッ!!」
俺は剣を振るい、まとめて数匹のミノタウロスをガードごと吹き飛ばす。続けて片方の手に魔力を集め、無属性の衝撃波を叩きつけた。
ミノタウロスは魔法耐性もかなり高く、炎や水のようなエネルギーは効きづらい。物理か無属性の魔法で戦うのがセオリーだ。氷特化のシゾーンにはキツイ相手かもしれない。
「吹雪けよ吹雪け! 氷点下の剣尖! 零瓜鋏!」
極寒の冷気と共に巨大な氷の錐が打ち放たれ、纏まった数匹のミノタウロスを串刺しにする。
……杞憂だったようだ。考えれば叩き上げでランカーに名を連ねた猛者だ、有利不利程度で勝率が左右されるようなタマじゃないだろう。あの凄まじい冷気、俺の氷魔法の最上位に匹敵するかもしれない。
「兄者!」
「応!」
抜群のコンビネーションでミノタウロスを手玉に取る兄弟、振り抜く鉄脚で強靭なミノタウロスの筋肉もろとも背骨を粉砕するリン、ヘッドショットを淡々と決めていくBFD。
他のランカーも強敵を前に、優位に戦っていた。俺も負けていられないな。
「フゴォ!!」
大上段から力に物を言わせた斧の一撃が落ちてくる。それを真正面から受け止め、こちらもパワーで弾き返す。
「ブモッ!?」
大きくノックバックし、曝け出された胸板へ刺突を放った。心臓を破壊する手応えと共に、地面に沈むミノタウロスには目もくれず、背後から奇襲してきた個体を迎え撃つ。
「せー、の!!」
ズドン! と地面に打ち込む震脚。それだけで小規模な地震となり、足を掬われた奴のどてっ腹目掛け掌底を打ち込んだ。
「痛くて重い一発をどうぞっと! 震突勁打!!」
炸裂と同時に爆発したように吹き飛ばされる巨体。延長線上にいる連中も激しく巻き込みながら、飛ばされていき壁面へめり込んでいった。
『安定の馬鹿力草』
『そんな小さな体のどこにあれだけの筋力を……』
『脱いでも凄くないJCボディ』
『腹筋バキバキかと思ってた』
『水着配信のアーカイブを見給え。お腹もイカ腹だから』
『マジで筋肉の質量どなってん?』
『お姉ちゃん七不思議のひとつだぞ。突っ込むな、ヤボだ』
『スリスリしたい』
『わかる』
「リスナーさん……」
人が戦ってるのを尻目に、人の腹について語るな。緊張感が無い視聴者たちだ。
一応男だった時はバキバキに割れてたぞ。
「全く」
とは言え、だいぶ数も減ってきた。あともう一息って所か。
何匹目かになるミノタウロスをぶっ飛ばし、粒子に変える。
その際、たまたま洞窟の奥の方に視線が向かい――、それを見つけた。
「……チヒロ?」
暗がりの中でも目立つ翠の髪の毛とオッドアイ。しかし表情は能面のようにのっぺりとしていて、一切の感情も感じられない。
「バカな……ッ!」
傍で戦っていたBFDも彼女を見たようだ。
つまり少なくとも見間違いではない。
すると、彼女は突然背を向けて走り去っていく。
追うか否か迷うが、
「コメット、追いかけろ! あいつの正体を暴け!」
「……分かった!」
BFDに言われ、追いかける。
まだそう距離は離されていないハズなのに、もう後姿は小さくなっていた。
「チヒロ!」
俺は足を速め、ダッシュする。
戦場から離れると、途端に周囲は静寂に満ちた。俺の息遣いと足音だけが反響し、静けさの中に消えていく。
(どういう事だ? 気配が全くない)
呼びかけにも答えず、ひたすら逃げるチヒロの背中からは気配が無かった。目の前にいるのに、存在をうまく知覚できない。輪郭がぼやけるようだ。
「クソ、見失った!」
曲がり角を曲がった時、その姿はアッサリ消えていた。まるで幻か何かのように。
それとも、本当に幻術に弄ばれただけなのか。
(いや、幻術なら魔力の残り香がある。必ずスキルに引っ掛かる)
俺は暫く痕跡を求めてうろついたが、収穫はゼロだった。
ミノタウロスも気になる。早々に引き上げようとするが。
「あらぁ、コメットさん」
可能ならあまり出会いたくない人第一位のオーセニが、のっそりと召喚獣と共に現れる。
あー何でこのタイミングで出てくるんだよ。
まさか、誘き出された?
「お前がチヒロの幻覚を出して、俺をここまで釣ったのか?」
「何の事ですの?」
「ミノタウロスの群れもお前の仕業なのか?」
俺は剣の柄を握りながら、強い口調で言う。
「よく分かりませんわね。ワタクシはヴェスナーを探していただけですわ。まあ、今はもう後回しにしますが」
ニタァと嫌な笑みを浮かべる。
ああ、コイツだけはマジで苦手だ。
「この前の続きをしましょうね。ああ、でもその前に――」
ピッと指先を俺に向ける。思わず身構えたが、狙いは俺ではなかった。
俺の背後――配信ドローンを異常なまでに長く伸びた爪が貫いている。
「っ!」
そのまま爪を引くと、ドローンは地面に墜落してしまう。カメラのレンズ部分を完全に破壊されていた。
「これで邪魔ものはいませんわ。あの迎賓館の時から我慢してましたがワタクシ、もう限界ですの。少々激しくなってしまいますけど、出来るだけ長く壊れないでくださいね……?」
オーセニは口の端から垂れる涎を拭う。
「いい加減にしろよ、変態野郎が。今はそんな事してる場合じゃないんだよ。ミノタウロスの群れと戦ってるんだ」
「ミノタウロス?」
「そうだ。別のダンジョンにいるヤバい魔物で――」
「どうでも良いですわ」
あ、駄目だコイツ。トントン以上に話が通じない、訳分かんないタイプだこれ。
「他のランカーが戦ってるなら、ほっときなさいな。ワタクシの知ったことじゃありませんし」
「お前なぁ……」
「さあ、ワタクシとイイ事をしましょう?」
「イヤだ」
「まあ。我が儘ですコト」
どっちがじゃ。
「仕方ないですね。少しばかり動けなくなってもらいますわ」
「……はぁ」
結局こうなるのか。
ギンギンに盛り出すオーセニを見て、頭が痛くなる。頼むからシゾーンと順位入れ替えてくれねーかなぁ。
「お前こそ、少し痛い目見るけど自業自得だからな」
「ウフフ、その生意気な態度――ほんっとうに愛おしいですわぁ!」
召喚獣と共に飛び掛かってくるオーセニ。
こうして、世界ランク二位との戦闘開始の火蓋が切られた。




