八十話 閉ざされた出口
俺はいくつものルートを走り続け、気づけば追いかけてくる二人の姿も見えなくなっていた。
撒けたようだが、足を止める余裕はない。
現在の地点は地下九階。このまま一気に駆け抜けていきたい。
『他のランカーも、確認できる限りでは九階、遅くても八階には入ってるね』
『配信してないランカーは何が狙いなんだろう?』
『単に興味が無いor自分の場所を知られたくない、のどっちかじゃない?』
俺は別に知られても良いし、リスナーさんとの交流にもなるからやってるが、そう言うのを嫌うタイプもいるのだろう。それだけこの勝負に真剣に挑んでいる、と言う気持ちの表れでもあるが。
無論、こちらも本気だ。遊びでやってるつもりはない。
『Hワイトの配信で何か問題起きたわ。映像が止まった』
その時、一つのコメントが流れる。
Hワイト? どうしたんだ。
『どした?』
『分からん。英文を意訳してみたけど、なんか血っぽいのが映ったらしい』
『血?』
『魔物の血じゃねーの?』
『待って……うわ、人だってよ。ちょっと待ってくれ、Hワイトがランカー全員に呼びかけてる』
『え?』
『何何? 何があったん?』
『地下九階の下り階段付近に来てくれって』
九階? 丁度いる場所だ。
行ってみるか。
ダッシュで向かうと、暗闇の中にドローンの明かりが見えてくる。
「……やあ、君が一番だよ」
こちらに気づいたHワイトが振り向く。何を警戒しているのか、腰のレイピアの柄に手を置いている。
「それ以上、前に進まない方が良い。酷い光景だ。ああ、どうしても見るならドローンに映さないようにな。BANされるぞ」
俺はドローンの視界を切り、彼の示す場所へ近寄る。
「っ」
そこには大量の血痕がこびり付いていた。そしてその出所と思われる部分にはシートがかけてあった。
「トントンだ。惨いよ。首を刎ねられ、即死だ。身体もめちゃくちゃに潰されてる」
「……魔物の仕業、じゃないですね」
「そうだ。このダンジョンに世界ランカーをここまで破壊できる魔物はいない」
ロケハンの時も一般人や観光客で賑わっていた。しかも最下層でも魔物の強さはほぼ変動しないので、あのバカ二人組がやったような誘導行為は無意味だ。
「じゃあ」
「犯人は僕たちの中に……いるだろうね」
Hワイトは猜疑の目を俺に向ける。
何だ? 疑ってるのか?
「おや、これはどうした事だい!?」
「……酷いですね」
暗がりから、シゾーンとランも姿を見せた。
「トントンだ。僕が発見した時には、既にこの有様でね」
「そんな、だってここのダンジョンにそんな魔物はいないはずだろう?」
「ええ。犯人はランカーの一人と見ていい」
Hワイトはやはり俺を見る。
「コメットさん。君はスタート時からかなりのハイペースで進んでいたね」
「……それが、何か?」
「何故、そんなに急いでいたんだい?」
「急ぐも何も、レースなんだから当たり前だろ。アンタはマラソンで最初から一位に立つランナーにケチをつけるのか?」
「……そうだな。質問を変えようか。君は迎賓館でトントンと交戦してたよな」
へぇ、目撃者もカメラもないのに情報を掴んだんだ。
「何が言いたいんだ?」
「現状、君が一番怪しいんだよ。トントンが挑発的に絡み、君に喧嘩を売っていた事も把握してる」
「ならアンタも怪しいだろ。一番最初に見つけたんだろ?」
「でも僕にはアーカイブがある。視聴者のレディたちが証人になるさ」
「俺にだってあるんだが」
「偽造できるだろ?」
「アンタもな」
「そこまでしてリスクを冒す理由はない。でも君にはある。だろ?」
「……お前、バカか?」
トントンもそうだが、なんでこんなに頭が弱いんだろう。
『こいつ、お姉ちゃんを疑ってんの草』
『ああ、でもこういう奴だよ。リスナーが女ばっかだから、カッコつけるためにヤラセとかやるし』
『うわぁ』
「Hワイト、止めな。言いがかりだよ」
シゾーンが俺とバカの間に割って入る。
「それにあたしから見ればね、アンタも十分に怪しいよ。コソコソと何をしてたんだい?」
「……何?」
「後ろの方で何かやってたじゃないか。そんなアンタが何で先行してたコメットちゃんより先に、トントンの死体を見つけてんだい?」
「っ……それは関係ないだろう。僕の走りに文句をつけるのか?」
「なら関係ないと証明するためにアーカイブを見せておくれ」
「……この国の警察機関か中国政府が決める事だ。君に指図される筋合いはないな」
「なら、アンタにもコメットちゃんを犯人と糾弾する資格はないね。とっとと、黙りな青二才!」
「僕を……愚弄するのか? ロシアの農民風情が!」
レイピアの柄を握る手に力が籠る。あ、コイツ抜くな……と思った刹那。
「止めた方が良いですよ。この状況で抜けば、あなたが犯人だと宣言するようなものです」
Hワイトの背後に立つランが呟く。そしてその脚は、Hワイトを蹴り抜ける位置に添えられていた。
「あなたもマッシブマンから詰められてるそうですね。彼は近くまで来てますよ。それでもやりたいなら、どうぞ」
「……ッッ! フン、そう本気になるなよ。怪しいから疑っただけだ。なら、犯人はまだ来てない連中の誰かだろうね」
一瞬、美形が台無しになるくらい顔を歪め、逃げるように離れていく。
普通に炎上しかねない発言と行為なのに、これも議長国特権なのか?
「……ありがとうございます」
俺は二人に頭を下げた。
「気にしないでおくれ。……立場が弱いと色々な苦労を味わうからね。昔のあたしを思い出して我慢できなかっただけさ」
「人としてやるべき行動を選んだまでです」
それから少し待つと、残りのランカーも全員集合した。言わずもがな、DTAは中止。関連各所への連絡をする事で決まったのだが……。
「むぅ、何故だ?」
マッシブマンが糸を手に、首を傾げている。
「どうした」
「BFD、君の糸を貸してくれ」
手渡された糸を握るが、同じように首を捻っていた。
「糸が発動しないんだ」
「……何?」
そう言われ、俺も咄嗟に使うが――反応しなかった。
不具合か? そんな訳ない。だとしてもランカー全員の糸が使えなくなるなど、あり得ない。
「……歩いていくしかないな」
「なら、あたしも付き合うよ」
BFDとシゾーンが小走りで暗闇へと消えていく。
その間俺はリスナーさんとやり取りしていた。
『糸が使えないなんてあり得るの?』
『とりあえず会場にいるから伝えといたわ。今から警察と自衛隊が出向くって』
『他のランカー配信見てるけど、そっちでも通報がされたって。あと、なんか一部のファンが勝手にダンジョンに入って、助けに向かったみたいだよ』
『おいおい、やりたい放題かよ』
『しっかし、なんでトントンがタヒんだんだ?』
『わかんね。言えるのは絶対に、面倒な事になるってだけだな』
暫くしてシゾーンとBFDが戻ってきた。しかし二人だけだ。合流すると思っていた警官の姿は無い。何故か二人の表情は曇っている。
「どうした? 何で君らだけなんだ?」
「……出られないんだ」
「え?」
「どれだけ進んでも、出口が見つからない。無限にループしてるかのようだ」
「おい、何を馬鹿な事を――」
BFDに食ってかかろうとするHワイトがコメントを見て固まった。
「見つからないだって? 何を言ってるんだ! 僕は九階にいると言っただろう!」
ポケットのスマホがブルブルと震える。取り出すと父さんからメールが届いていた。
『コメット。警官と自衛隊が九階まで来たが、見つからないと言われた。下り階段付近で間違いないな? 死体もヒトの気配もないそうだ……』




