七十九話 忍び寄る不穏
スタートと同時、俺は迷わず開幕から先頭に立つ。相手の出方を窺う選択肢もあるが、そんな受け身の行動は性に合わない。それに相手は世界で最も強い九人なのだ。最初から全力で行かねば礼儀に欠けるだろう。
「むぅ! 中々の速さだな、コメット! だが負けんぞぉ!!」
俺のスピードに食らいついてくるのはマッシブマン。このオッサン、体格に反してマジで機敏過ぎるだろ。
「ウフフ、ならワタクシも……」
巨大な四足歩行の獣を召喚したオーセニも迫る。あくまでも禁止されてるのは移動系のスキルだ。召喚獣に騎乗するのは反則ではない。……若干ズルいけどな。
「序盤から飛ばすのは愚行です。自分のペースを守るべきでしょう」
「若い子は元気があっていいわねぇ!」
対し、ランやシゾーン、王玉兄弟は様子見なのか追走してくる気配はない。
BFD、Hワイト、トントン、ヴェスナーは早くも姿が見えない。別ルートを行ったか、何かだろう。……行動が怪しい奴らばかりなのは偶然か?
『お姉ちゃん、頑張れ!』
『自分の事じゃないのにドキドキするわ……』
『流石にランカーは凄いな。お姉ちゃんについてこれるとは』
ドローンも全速力で追いかけてきている。レース仕様のモノとなっているので最高時速は百kmくらいは出せるが、俺もそれくらいの速度を出している。一階から十階にかけては、障害物が少ないので一気に距離を作る狙いだったんだけど……。
「ハハハハハハ!!」
「まあ、暑苦しいですわ。コメットさんとのひと時を邪魔しないでくださいまし」
約二名。
米ロのトップランカーが追いかけてくる。
なにこれ。地獄かな?
一応、もっと早く走る事も出来るが……ドローンを置き去りにしてしまう(練習でやらかし済み)。
「あの、なんでついてくるんですか!? ルートはいくらでもあるでしょう!」
「何を言う! 君とは一度、本気で勝負をしたかったのだ! この機会、逃すわけにはいかん!」
「逃げれば逃げる程、ワタクシの心は燃え上がりますわ。逃がしませんわよ」
チヒロの件だってあるし、あんまりランカーたちと一緒になりたくないんだがなぁ……。
まあ、一応マッシブマンも信用できる相手……で良いのか?
オーセニも流石にドローンの目がある中では、あんな行為は仕掛けてこないだろう。
だからっていつまでも付きまとわれたくないので、適当なタイミングでやり過ごしてやるつもりだ。
「全く、序盤から面白くなってきたな」
俺はぼやきながら、洞窟を駆け抜けていく。
「フン……バカな奴ヨ!」
一人、洞窟内を進むトントンはほくそ笑む。
彼は撮影ドローンを用意していない。自身のアピールであれば、惜しみなく大々的に使うが本業の時は邪魔でしかなった。
即ち、暗殺者としての仕事である。
慈善事業は隠れ蓑でしかない。黒い噂を打ち消し、人々の目を逸らすための演技だ。
その裏で彼は多くの闇の任務を請け負ってきた。狙った獲物は確実に処理し、成功率は暗殺者の中でも群を抜いている。それ故政府高官からの信頼も高かった。
そして此度、齎された依頼は成り上がってきたコメットの破壊指令だった。生死は問わず、二度と配信者として活動できない状態にせよ、と。
理由は明快である。元々、中国はコメットの推薦に最後まで反対していた。三国のパワーバランスが崩れるのも理由だが、何よりも行方不明で配信が行えていなかったコンチーが脱落の対象となるのは明白だったからである。
もしそうなればダンジョン連盟での中国の発言権は大きく弱体化する。逆に中国を追い詰める好機と判断したアメリカは積極的にコメットを推挙していた。
なのでコメットの排除は当然であり、その汚れ仕事を請け負うのはトントンとなるのは自明の理であった。
高官からの密書に二つ返事で返した彼は、依頼内容を見て自信に満ちていた。日本政府に担ぎ上げられただけの小娘等、取るに足らない。これでたっぷりと報酬が貰えるのだから、ボロい商売だ――と。
――迎賓館で、そのコメットに恥をかかされるまでは。
「あの小娘、今思い出してもブチ切れそうになるヨ!」
あの失態で張三国家主席から大目玉を食らってしまった。真船総理から毅然とした対応をされたのも相俟って、主席の怒りは激しかった。
何故かその時の記憶が残っていなかったというのも主席の怒りに火に油を注ぐ事になる。
結果次のチャンスは二度とない、と事実上の死刑宣告に近い判断を下された。こうなっては彼は最早、手段を選ぶなどしない。
暗い洞窟内は暗殺者としての隠形が最大限生かされた。コメットの進路を先回りし、罠を張って仕留める。
周りには不慮の事故とすればいい。成功すれば主席の機嫌は直り、日本からの追及など国力で圧し潰してくれるだろう。
「サテ、これで準備万端ネ」
後は彼女を待つだけ、と思った時背後でザリ、と足音がする。
反射的に振り返るが、その人物を見てトントンは胸を撫で下ろした。
「何だ、君か。脅かさないでくれ。朕は忙しい――」
彼はシッシッと手で追い払う動作を見せる。
「………」
しかし次の瞬間、トントンは大きく後ろへと飛び、離れた。
「……お前、誰ネ!? 成りすましても朕には分かるヨ!!」
「………」
その人影は何も答えない。
ただ闇の中で不気味なくらい口角が釣り上がり、壊れたテープレコーダーのように生気の無い笑い声を発した。
「コメットか!? そんな下らない変装で朕がビビるとでも思うナ!!」
額に汗を滲ませながら、トントンは吠える。
しかし足腰は情けないくらいに震えていた。コメットと戦った時とは全く違う、別次元の恐怖だった。
「この、化け物ガッ!!」
限界まで張り詰めた緊張に耐え切れず、襲い掛かる。手足にスキルを発動させ、本気で殺すつもりで向かっていく。
――直後、夥しいほどの鮮血が絶叫と共に岩肌へ飛び散った。




