七十七話 四人
「BFD、それは確かなのか? Hワイトが……極秘に来日していたのか?」
マッシブマンは真剣な眼差しを向ける。
「ああ。だが、オーセニたちとトントン、Hワイトは各々別動で行動していた。少なくとも協力関系では無かったな」
「なんてことだ。あいつ、何を考えている?」
「その四人の誰かが、ワタシの……!」
頭を抱えるマッシブマンと、コップを握り締めるチヒロ。
Hワイトは歓迎会に来ていなかった三人の内の一人だ。米国のランカーでその装いは白銀の西洋騎士。持ち前の甘いマスクと合わせて女性人気が高い。
「どうしてすぐにチヒロちゃんに言わなかったんですか!? 今だって誘拐されかけるくらい、周りから狙われているのに!」
スバルが食って掛かるが、俺は制止した。
「守るためだろ」
「……流石だな。お見通し、か」
「守るため……っすか?」
「お前の兄は闇に踏み込み過ぎたんだ。あんなアイテム、さっさと手放すべきだった」
ようやく重い口を開く。その内容は、俺にとっては大体予想できた内容だ。
「マソラは件のアイテムを入手した後、俺に相談を持ち込んできた。最近、誰かにつけられているってな。友人の頼みだ、俺も助けようとしたさ」
煙草をつけようとし、店内禁煙に気づいて火のついてない煙草を手元で弄ぶ。
「でもな、相手がヤバかった。マソラはアイテムを悪用されるのを恐れ、封印しようとしたんだ。俺はあいつの家の周りに防御陣を敷き、襲撃に備えたんだがな。一撃で、破られちまったよ。それで、マソラは……」
「もう、良いっす。十分っす!」
「……あいつは死に際、俺に言ったんだよ。『チヒロを、守ってくれ』ってな」
BFDの表情は淡々としていたが、言葉の端々に親友を守れなかった悔恨が滲み、震えていた。
「だから俺はお前と縁を切ったのさ。下手に俺と関われば、犯人に嗅ぎ回ってると勘付かれる。冷たくあしらえば、諦めるだろうと。だが――それは同時にお前の想いを踏み躙ると分かっていた」
「………そういう訳だったんすか」
「……これが俺の知る全てだ」
周りの喧騒が場違いに感じるくらい、誰も喋らない。
恐らく相手はアイテムを奪い取り、それで兄貴を殺したんだろう。死体の損壊が激しかったとチヒロの資料にも記載されていたので、相当な攻撃力がある。
これで少なくともあの糸目野郎のトントンは候補から外れる。あのプライドの塊が、あれだけ俺にやられてもバグアイテムに頼らなかったのは、単純に無関係だからだろう。もし持っているなら、とっくに自制心を振り切りって使ってきたハズだ。
飼い主の政府に使うなと厳命されていた可能性は、もちろん考慮してある。油断はしないが、多少のリソースを他のランカーに割けるだけの余裕にはなる。
「すまない」
言葉少なにBFDは頭を下げた。
「……思う所は正直あるっす。でも今、それを言っても何も変わらないし、兄がいたら非効率的だと叱られそうですから何も言いません。話してくれてありがとうっす」
同じくチヒロもペコリとお辞儀をする。
「あの……一つ、質問良い?」
サツキが手を上げる。
「何すか? 何でも聞いてくださいっす」
「チヒロのお兄さんのアイテムってどんなものなの? ドーピング系ってのは聞いたことあるけど」
「ああ、そうですね。ドーピング系はグミタイプの奴っス。現実にもあるヤバいお薬と似たようなモンですね。違いは、それが無限に出てくるって所っス」
「無限!? 何でもありだな……」
無限仕様のあるアイテムなんて神話級だぞ。そんなのを悪用されたらどうなるか……。
「もう一つがちょっと面倒な奴でして……ワタシはバグ鎌って呼んでます」
「バグ、鎌?」
「見た目は大鎌系の武器っすね。ただとんでもない超火力で、どんな相手でも首を刎ねます。防御も耐性も貫通し、首狩りするので危険極まりない奴でした。しかもほっとくと勝手に動き出して、人を狩りに行くという習性まであるっす」
なんだそりゃ。呪いの武器でもここまで性質の悪いのは無いぞ。
「あれだけは絶対に他者の手に渡らせるわけにはいかなかったっす……。まだ被害が出てないのは、流石の犯人も恐れているのか、それとも……」
「ランカーに大鎌使いなんていない、よね?」
「うん、いないと思う」
隣でサツキとスバルが小声で会話している。
マッシブマンは素手、BFDは銃火器、Hワイトはレイピア。
王玉兄弟は多彩な武器で鎌もあるが、あくまでも一部だ。トントンは見ての通り素手ないし暗器や毒物。
オーセニは召喚獣、ヴェスナーはアパッチリボルバー。
死亡したコンチーやまだ顔を見せていないランカーにも、大鎌使いはいない。
「うーむ、しかし何にせよHワイトが関わってるのは問題だ。秘密裏に日本で活動など、我が国に余計な風説が立てられかねん。至急、問い質さねばならんな」
言うや否や、マッシブマンは立ち上がる。
「失礼、私は早速Hワイトと話してくる! 諸君らの会話が事実ならば、何かよからぬ陰謀が蠢いているように思えてならん! では!」
お金をテーブルに置くと、颯爽と走り去っていった。あの巨体から想像できない俊敏性である……。
「……俺も帰るとしよう」
BFDもお金を並べ、席を立つ。
「チヒロ……何かあったら、火を灯せ。必ず駆け付ける」
そう言って何かのアイテムを手渡し、握らせる。
「あ、ありがとうっす……」
「じゃあな」
その手にあったのは、古びたジッポライターだった。




