七十二話 力の差
俺が部屋から出ると、王と玉、二人が待ち構えていた。どちらも驚いた表情をしている。
「まさか、無事に出てくるとは」
……口ぶりからすると、被害者は多くいるようだな。
「あの女の横暴は前々から目に余っていた。我らはそのような真似、許すつもりは無かったが……」
「――大方政府のお偉方に、叱られたのでしょう?」
オーセニとヴェスナーも部屋から出てくる。兄弟たちに嘲るような笑みを向けていた。
「オーセニ……ッ!」
「止せ、玉」
「しかし、兄者……」
「止めるんだ」
「――くっ」
殺気立つ弟を諫め、王はオーセニたちに向き直る。
「いい加減、こういった場を汚す行為は止めて頂きたい。お前も国の看板を背負っているのなら、分かっているはずだ」
「あら、お説教? ご心配なく。大統領は全てを分かった上でワタクシを利用していますの。お陰で立場も安泰ですわ。それよりも……あなたたちの方が苦しいのではなくて?」
「………」
ピクリ、と王の眉根が動く。
「トントンとの対立、度重なる国の命令に背く行動……本当ならあなた方を蹴落として、コメットさんを入れる予定だった、と聞いてますわ」
「我らは国の誇りと民の信頼を守るため、そして己の信念のために行動している。今の政府は、政府として認めていない」
「フフ、凄い発言ですわね。一歩間違えば、首が飛びますわよ」
「我らの血を見て、民たちの怒りは燃え上がる。ならばそれも本望だ」
「まあ。暑苦しい人は苦手ですわ……行きますわよ、ヴェスナー」
「はい」
そして去り際、俺の方を見て挑発的に笑っていった。
……危険が無い事を確認して一旦、緊張を解く。
「コメット、これで分かっただろう。これが今の世界ランクだ」
「残念ながら腐り切っている。お前も、安易に心を開くなよ。我らであってもだ」
――誰が、いつ裏切るか分からない世界だ、と言い残して兄弟たちも去っていく。
「……なるほど、ね」
何となく、利権やら利害やらでドロドロしてるんだろうなと予想はしてたが……ここまでとは。
――面白い。
俺の目的はチヒロの兄を手にかけた奴を洗い出す事だ。その障害になる奴は、力ずくで押し退けるまで。
結局、料理を楽しむような空気ではなく……歓迎パーティはお開きになった。他のランカーたちは近場のホテルに滞在しているようで、高級車に分乗して早々に引き上げていく。
俺は宇佐美さんの迎えが来るまで、外のベンチに腰掛けて休んでいた。
『BFDって人……少なくとも犯人じゃない、と俺は思う』
『はい。ワタシも疑ってはいないっす。ただ、やはり何かを隠してるのは確定で良さそうっすね』
『うん。何とかもう一度、コンタクトを取りたいんだけど……』
飛行機の都合上、ランカーたちの帰国は数日後だ。その間、特に予定は無いが日本政府と議長国の間で何かが企画される可能性もある。今までもこうしたサプライズ的な企画は行われてきた実例はある。
恐らく、今回も通例に則ってやるはずだ。
『機会はその時くらいだろうね』
『はい。お願いするっす。コメットさんに頼りっぱなしになってしまいますが……』
『気にするな。頼みを受けたのは俺だからな』
『ありがとうっす。あ、妹さんが呼んでるんで離れるっすね』
『ああ』
会話を終えると、俺は息をつく。
「――で? 盗み聞きしたかったんだろうけど、残念だね。これは念話アイテムなんだ」
「……朕の気配に気づくとは、やはり只者じゃないネ。お前は」
ぬぅ、と暗闇からトントンが浮かび上がるように出てくる。
服装も先ほどの礼服から、戦闘用の拳法着に変わっていた。
「お前は危険分子ヨ。生かしておいたら、主席の最大の脅威になりかねない。ここで消す」
「……一つ、答えろよ。お前がチヒロの兄貴……猫山マソラを殺したのか?」
「誰ネ、そいつ。日本人が何人死のうが知らないし、朕にとって関係ないヨ」
膨れ上がる殺気。本気でやるつもりだ。
「日本国内で世界ランク10位に手を出すとか、お前どうなるか分かってるよな?」
「何、命乞い? 要らぬ心配ヨ。どうせ日本政府、何も言えない。朕が襲われたから返り討ちにした。そう伝えれば、みんな黙るヨ」
「……そうか」
俺はベンチから立ち上がる。
ならば、容赦などしない。
「ほざいたな。死んでも、お前の責任だぞ」
「ぬ、う!?」
ドレスから一瞬で普段着へ着替える。変身魔法は便利だ。こういう時は特にな。
「世界ランク8位……どれほどか、見させてもらう」
「っ、ナメるなよ日本人!!」
トントンが先手を打つ。見せたのは強烈な踏み込みからの崩拳。俺はそれを受けようとして、カウンターに切り替えた。
「何口に仕込んでんだよ」
「ゴブゥ!?」
叩き込まれる拳に合わせ、カウンターの一撃を頬へぶち込む。唾液と血に混じり、小さな針のようなものがすっ飛ぶ。
「含み針か。お前、そういうタイプだったな」
「ガ、ハァ……なん、で気付いタ!?」
「見え見えだしな」
トントンの両手が怪しく光る。スキルが発動した輝きだ。
「ならこれはどうダ!? 疫厄手!!」
鋭く鞭のようにしなる両手の連撃。なるほど……猛毒に加え、一発一発が的確に人体の弱所を狙ってくる。腐っても世界最高峰の一人か。
俺はその猛打の嵐を全て見切り、避け切る。
「下半身がお留守ヨ! 昏冥脚!」
そして虚を突くように放たれる、脛を砕きに来るローキック。もちろんこの蹴りにも必殺の状態異常が込められている。
――だがな。
「フッ!」
俺は一瞬の間で力を貯め、震脚を打った。地震のような衝撃波が広がり、ささくれ立つ地面。奴は半ば自滅する形で、その鋭利なコンクリート片に足を抉られる。
「がぁあああ!?」
なまじスピードが乗っていただけに、傷口は無残な裂け方をしていた。腱が切れたかもな。
「バ、バカな……! なんだその震脚はッ!? 朕でも、朕でもそんなの打てないヨ!!」
「お前が弱いだけだろ。あの兄弟の方がよっぽど強いと思うぜ」
実際、見ただけでもあの二人の気配は相当なものだ。二対一でやられたらかなり手強いな。
だがこの発言は奴のプライドを傷つけてしまったらしい。苦痛に耐えながらも立ち上がってくる。
「フザ、けるナ! 朕はあの腰抜けとは違ウ! 朕は、政府に期待される人民の英雄なんダ!!」
「単に利用されてるだけだろ」
「黙レ!!」
激高したトントンが向かってくる。こういうバカは同じ土俵でへし折ってやるのが一番、効くだろう。だから俺もあえて、同じような技を選んだ。
「――震突勁打!!」
ギリギリまで奴を引き寄せ、二度目の震脚からの発勁。
「ガアアアアア!?」
グリッチャーの時よりはかなり加減してやったので、死にはしないし後遺症も残らないだろう。
それでも肋骨の二、三本はブチ折れると思うが。
「お前、如きが、ここまで練り上げられた発勁ヲ!? あり得ない!!」
「あり得るから、お前の負けなんだよ」
「う、うるさい! うるさいうるさい!!」
俺の顔目掛け、奴は血混じりの煙を吹きつけてくる。
「クハハ! 油断したナ! トリカブトの毒だ! 朕の歯には毒を仕込んだカプセルがあるのよ、思い知ったか!!」
「はぁ……後からズルいだの、何だとの言われたくないから付き合ってやったんだけどさ」
「――ヘェ!?」
「俺、全状態異常耐性あるから、お前の相性は最悪中の最悪だと思うよ」
トリカブトだろうが青酸カリだろうが、効かないものは効かない。
言ってしまえば、何とも無意味で無駄な戦いって訳だ。
「そ、そんなスキル、マッシブマンかオーセニくらいだぞ使えるのは! 何で、お前が!!」
「使えるから使える」
さて、どうやってこのバカを黙らせるか考えていた時だった。迎賓館前に一台の車が止まる。宇佐美さんのレクサスだった。
それを見たトントンの顔が醜悪な笑みに変わる。
「ああ、お前は強いヨ!! でも家族や仲間はドウカナ!?」
「し、しまった!?」
バッと大きく飛び退り、車目掛けて一直線に駆け抜けていくトントン。俺も後を追いかけるが、間に合いそうにない。
「ハハハ! 朕の勝ちね!」
「駄目だ、畜生――なぁんて、言うと思った?」
車に飛び乗り、フロントガラスを破ろうと拳を叩きつけたが――ヒビ一つ走ることは無かった。
「な、何!?」
「下種はすぐに俺の家族や関係者を狙う。もういい加減、そのネタ擦んの止めたら?」
俺は奴のバカ面目掛け、飛び蹴りをぶち込んだ。




