七十一話 世界ランクの暗部
パーティは進んでいく。質問攻めや嫌がらせも殆どなく、糸目野郎は隅っこでたまに睨んでくる程度。俺は機を見て窓際にいるBFDに近づいていく。彼がチヒロの兄貴と強い繋がりがあるのは確かだ。
しかし、どうやって聞き出すべきか……。
相手も政界連中や富裕層とやり取りしている百戦錬磨だ。生半可な話術は通じない。
「……何か?」
俺に気づいたBFDが振り返りもせずに言う。
「いえ。今、色んな人と話しながら回っているので……良いですか?」
「構わんが、俺は口下手だ。話せる事などないぞ」
開幕からつれない態度だが、仕方ない。
「俺も珍しい武器やアイテムとか好きなので、色々聞きたいなって思うんですけど」
「……そういう事か。そう言えば、お前も杖を作っていたな」
――食いついた。BFDはDIYで武器やアイテムを作り、サバイバル技術の講座をよく配信内でしている。チヒロの兄貴と関係があったのも、アイテム関連の取引をしていたからだ、と教えられた。
しかし、まさかあの杖がここでも役立つとはね。
「あ、あの配信見てくれたんですね」
「俺は前の職業柄、相手を探る癖があるんだ。敵を知る事こそが勝利への近道になる」
つまり、他のランカーたちの情報も握っていそうだな。
チヒロが俺と接触した事も把握している可能性は……ありそうだ。
「で、何を知りたいんだ? その杖を強くする方法か?」
「はい。自前なので、店売りの素材じゃイマイチなんです。日本で個人でやってる店とかありません?」
「おいおい、個人って事は非合法だろ。俺たちは世界ランカーなんだぜ。法を犯せるかよ」
「そうですか? でもあの弾丸、弾頭に詰めてるの劇薬のマンドレイクの神経毒ですよね。条約で使用を禁止された」
「………」
一部の素材は周辺への人的、環境被害を考慮して禁止されているものがある。BFDの動画を見ていて、彼が人気のない場所でその毒を詰めた弾丸で魔物を狙撃していたシーンを見つけたのだ。もちろん巧妙に隠蔽されてるから、俺やチヒロクラスの鑑定能力が無ければまず見抜けないだろう。
「日本には、そんな店は無い。少し前、友人がそういうアイテムや素材を仕入れてはいたが……売買は一度もしてなかったな」
『間違いないっす、兄の事です!』
良い感じに聞き出せてきたな。もう少し踏み込むか。
「一応、話を聞きたいのですが」
「無理だな」
「どうしてですか?」
「……あいつは殺された」
BFDは俺をジッと見る。
「コメット……悪い事は言わない。その年で、裏側に踏み込むな。あいつはそのせいで死んだ。あんなアイテムに手を出さなければ……有望な学者になれたと言うのに」
バグアイテムの事だな。そして、やはり犯人を知っていそうな感じがする。
「殺されたって……どういう」
「コメットさん」
後ろから声を掛けられる。見るとオーセニが立っていた。
「少し、よろしくて?」
俺はBFDを見るが、彼は肩を竦めるだけだった。
……会話を続けるのは無理だな。
「はい、大丈夫です」
「ではこちらへ」
連れられ、隅のテーブルにやって来る。
「どうぞ。特注のものです。お近づきのしるしに」
差し出されたのはワイングラスに注がれた飲み物だ。
「あの、お酒は」
「ノンアルコールですわ。それならあなたの国の法律上、問題ないでしょう?」
問題ないけど、多くの酒メーカーが推奨してねぇんだよ。
ノンアルだって二十歳以上の成人が飲むことを前提に作っているから。
……つーかさ、コップの縁に何か塗ってんじゃん。何だよこれ。眠り薬か?
この人もだいぶキナ臭いな。日本国内でナメ腐った行動取りすぎだろ、どいつもこいつも……。
「じゃあ……ほんの少しだけ」
俺は口をつけ、ちびっと飲む。その様子をオーセニはガン見してくるが、状態異常耐性あるから効かねぇっつーの。
「……お口に合いまして?」
「ええ。まあ」
「そう。それは良かったですわ」
笑みを深くするオーセニ。
何を企んでんだろうなぁコイツ。もしかして、この人も殺害に関与してるんじゃないか?
一つ、芝居でも打つか。
「すみません、何だか眠くて……」
「そうでしょう、そうでしょう。ヴェスナー、上の階に運んで差し上げなさい」
「はい、お姉様」
狸寝入りする俺をヴェスナーが抱え、運んでいく。
「おや、どうしたんだい?」
「お眠のようなので、上のベッドルームに運ぼうかと」
「はっはっはっ、強くてもまだまだ子供だな!」
「………」
薄目で伺うと、王玉兄弟は何故か剣呑な面持ちでオーセニを睨んでいた。
しかし何か言うまでもなく、俺はそのまま運ばれていく。
階段を上り、薄暗いベッドルームに入るとうつ伏せに寝かされる。
何をするのかと思ったら、ヴェスナーが俺の服に触って……脱がそうとして来やがった。
……正気か?
「やめろ」
流石に俺は起き上がり様、蹴りを放つ。
「なっ、もう起きたのか!?」
後ろに飛んで避けたヴェスナーがオーセニを庇う様に身構える。
「あらあら、特製の眠り薬だったのですが」
「悪いけど最初から効いてないっての」
「それは困りましたわねぇ。知られてしまいましたか」
狼狽するヴェスナーと余裕を崩さないオーセニ。
「アンタ……何がしたいんだよ。こんな事、許されると思うのか?」
「ええ。だって超大国に逆らえる国なんて無いでしょう? 告発したいなら、いくらでもどうぞ。全て握り潰して差し上げますわ」
「……下種が」
俺はベッドから降りて、部屋から出ていく。
去り際、背中にオーセニの声が投げかけられた。
「でもあなた……今までの中で一番、壊し甲斐がありますわぁ。どんな声で鳴くのかしらねぇ」
「……やってみろよ。逆に分からせてやるから」
……魑魅魍魎ばっかだな。
これが世界ランク、か。なるほど、まともじゃねぇや。




