七十話 伏魔殿
「――先日、中国の世界ランカーが死体で見つかったらしい」
車中、隣に座る父さんが口を開く。
「うん。ニュースで見たよ」
「ネットは大荒れだ。中には日米の陰謀だと本気で言ってる奴もいる」
つまり俺が世界ランクに入るために、日本がアメリカに頼んでコンチーとやらを手にかけたっていう戯言だ。
バカバカしい。名前すら知らなかった相手だぞ。そもそもそれが事実なら国内に米の工作員が潜入し、大事な世界ランカーを暗殺。中国は潜入に気づけず、実行犯を逃がしたって言う失態を犯した事になる訳だけど。
「ランカーの中にはそれをネタに、お前に絡んでくる奴がいるかもしれない。なんせ今まで一度も議長国以外、認めなかった連中だからな。こういう言い方は好きではないが――見下している可能性がある」
「……気を付けるよ」
上に立ち、有名になればめんどくさいシガラミが生まれる。勇者として担がれた時と何も変わらないな。悪即斬や斬り捨て御免的な行為が許されていた分、異世界の方がマシかもしれない。
「着きました。あと、これをどうぞ」
車が止まる。外には立派な洋館が見えた。宇佐美さんからイヤホンのようなものを渡される。
「翻訳能力を持つアイテムです。これがあれば、向こうの言葉は日本語に。こちらの日本語は相手の言語に変換されます。こういう場では大体英語になりますが」
便利なアイテムもあるもんだな。でも俺には似たようなスキルがあるから大丈夫だろう。
「同じ効果のスキルがあるので大丈夫ですよ」
「あ、そうなんですね」
同じく相手の言葉や文字を日本語として変換してくれる奴だ。これが無ければ異世界でコミュニケーションなんて取れないからな。
「……じゃ、行ってくるね」
「ああ」
「お気をつけて」
父さんと宇佐美さんに別れを告げ、車から降りた。冷房の効いた車内から出たので、一層都会の蒸し暑さを感じる。
さて……まるで伏魔殿に挑む時みたいな気持ちになるが、どんな奴らが待っているのかね。
「行くかぁ……」
俺は慣れないヒールを響かせながら、洋館へ向かった。
黒服に案内され、通された大広間。広さや荘厳さは、異世界で見た城のパーティ会場とあまり変わらない。立食形式でテーブルの上には、一目で諭吉が何枚も吹っ飛ぶと分かる料理が並んでいる。
流石、超大国が主催するだけあって文句なしの豪勢さだ。その光景を感心して眺めていると、声を掛けられる。
振り向くと、紅いドレスを纏った女性がいた。ピンク色の長髪と右頬に走った刀痕……世界ランク四位、ヴェスナーだった。
いきなり大本命かよ……!
内心少し焦るが、気を取り直す。
「お前がコメットだろ? オレはヴェスナー。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
俺のお辞儀に、ヴェスナーは快活に笑った。
「そう硬くなるなよ。オレたちは選ばれた十傑だ。立場は対等なんだぜ」
……俺はもっと傲慢で粗野な人間だと思っていた。配信動画でも結構、過激な言葉遣いで荒れているシーンも多い。
同一人物……だよな? 猫被りでもしてるんだろうけど、凄い変わりようだ。
俺は気づかれないよう、頭のアクセサリーに仕込んだ隠しカメラを小突く。耳に取り付けた貝殻のイヤリングからチヒロの声が聞こえてきた。
『見てるっす。多分、強い人には逆らわないタイプっすね。ワタシの時は酷い対応されましたよ』
『だろうね』
俺はヴェスナーに連れられ、一つのテーブルに近づく。そこには見上げるような巨漢がいた。角刈りの金髪に、鎧のように服の上から浮き出る筋肉……世界ランク一位、マッシブマン。実際に会ってみて、その迫力を思い知る。
「やあ。君がコメットだろう? 動画で見るよりもだいぶ小さいな! でも私には分かるぞ! 強い力を感じる……感じるぞ! うむ、記念の握手だ!」
巨大な手を差し出し、握手を求めてくる。……ほぼ俺の手が一方的に掴まれる形だが。
「そして俺が王玉兄弟の王!」
「俺は玉! 兄さんと区別がつかないと思うけど、よろしく頼むよ!」
続いて禿頭の瓜二つな青年二人。世界ランク三位、武器の申し子――王玉兄弟。この二人は実力が完全に拮抗していて、特例として両者同時に世界ランクの座が与えられている。
「あれ、オーセニ姉さんは?」
「まだ来てないな。遅刻だろう」
ヴェスナーは辺りを見渡していた。俺も周りを確認するが、明らかに人数が少なかった。
「他のランクの人たちは来てないんですか?」
「ああ。理由があるなら仕方ない者もいるが、一部の連中は我が儘だよ全く」
呆れたようにマッシブマンはため息を吐く。重要参考人のBFDって人も見当たらない。まさか欠席だろうか?
「お待たせしましたわ」
そう思っていると、扉が開かれる。
紫色のセミロングの女性を筆頭に、糸目の男、彫りの深い男が入ってきた。
「オーセニ姉さん、遅かったじゃないか」
ヴェスナーが笑顔で近づいていく。
「ええ、ちょっと支度に手間取りまして……あら」
俺に気づき、近づいてくる。クインに勝るとも劣らないスタイルだった。
「あなたがコメットさんですわね。ワタクシはオーセニ。お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
流れるような動きで一礼する。俺も姿勢を正して頭を下げた。
「ほら、そこの殿方も挨拶なさいな。こんな小さい子がちゃんとしてるのよ?」
オーセニは背後の男二人を見やり、手にした毛皮付きのセンスみたいなのを差し向ける。
「失礼したネ。朕はトントン。まあ……仲良くやろうヨ」
「……BFDだ」
軽く会釈する糸目の男がトントン。不愛想に答えるだけの方がBFD。どっちもチヒロの被疑者資料で見た顔だ。
「これで全員か?」
「ええ。残念ながら残り三人は欠席のようですわ。礼儀のない方たちですコト」
「……聞き捨てならないネ。ランはコンチーの彼女ヨ。心境を考えれば、出られるわけない」
トントンが僅かに糸目を開いて睨みつける。ランカーに相応しく中々の威圧感だ。
「それは失礼しましたわ」
対するオーセニは目を細め、センスで口元を隠しながら小さく頭を下げた。
仲悪いな、こいつ等……。議長国って言っても表面上は仲良くても、水面下ではバチバチに対立してんだろうな。利権とか何やらとかで。
「おいおい、喧嘩は止めろよ? 祝いの席なんだから」
「フン、祝いの席? 朕は慣例に従っただけ。本当はコンチーを弔うつもりだったヨ。日本人なんぞ、祝う気もないワ」
「………」
クソガキが。潰すぞ?
「お? やる気カ?」
俺の視線に気づいたのか、挑発的な笑みを浮かべるトントン。チヒロの資料、間違ってんじゃねぇか。こんな性格で慈善活動? 笑えるぜ。
「いい加減にしろバカ者!!」
その時、王が一喝した。
「トントン! 差別的な発言は止めろと言ってるだろ!! そういう行動が祖国に泥を塗ると理解しろ、痴れ者が!!」
「――ッ」
「兄者の言う通りだ。貴様が八位止まりなのも、他者を見下して足元を掬われてばかりだからだろう。ハッキリ言って貴様に世界ランクは分不相応だ」
「……チッ、勝手に言ってロ!」
格上の兄弟二人に詰められたのが効いたのか、糸目野郎は離れたテーブルの方へ向かっていった。
「……済まないな。我が国の馬鹿が無礼を働いた」
「いえ。大丈夫です」
王玉の二人は揃って俺に謝罪をする。
同じ国の人間でも救いようのない馬鹿と、出来た人間がいるのは何処も一緒だな。
「オホン……とにかく新たなるランカー・コメットの誕生を祝おうではないか。これは我らと我らの国々が決めた事だ。それに今更になって逆らうという事は、国家や我らへの侮辱になると心に刻んでおくように」
マッシブマンが険しい顔で睥睨する。
「改めて聞くが、異存はないな?」
「ありませんわ」
「もちろんだ」
「兄者と同じく」
「オレも異はない」
「ああ……」
では、と表情を緩めてワイングラスを掲げた。
「乾杯!」
「乾杯!!」
同じようにワイングラスを掲げた。
……ただし、俺だけは中身は果物ジュースだったが。




