六十九話 ランカーとしての自覚
空ノ立橋踏破後、すぐに政府経由で通達が届いた。ダンジョン連盟が俺をトップ10として迎え入れるという。短期間で日本の未踏の最難関を攻略してしまったら、流石に動かざるを得なかったらしい。
「皆さんの応援のお陰でここまで来れました。本当にありがとうございます」
俺は目の前のドローンに頭を下げる。通知が来たあと、すぐに配信枠を作りリスナーさんにも共有。
アカウントを用意してから長いようで短い日々だったが、今では大事な存在だ。
『おめでとう、やっとここまで来れたな!』
『日本の悲願を成し遂げてくれてありがとう』
『これからも期待しとるで。頑張ってな』
『次は世界ランク1位だ。お姉ちゃんなら出来るって信じてる』
リスナーさんたちの優しい言葉が身に染みる。
「はい。これからも上を目指していくので、よろしくお願いします」
結果に奢らず、更なる高みを目指していこう。気を引き締めていかないと。
『強さもそうだけど、この謙虚な感じがマジで好感持てるわ』
『むしろもっと自慢しても罰は当たらんのにな』
『いや、これがお姉ちゃんの魅力の一つだ』
『ダンジョン界のショウヘイだな』
『通訳に裏切られそう』
『通訳はいないけど、立場的に該当するのは宇佐美さんだろ? あの人なら大丈夫だ』
うーん、大丈夫……かな?
確かに仕事は完璧だし、キリッとしているけど……。
俺には鼻血を流して悦んでいる姿しか思い浮かばん。
「――クシュン! す、すみません」
……当の本人は、部屋の隅で小さくクシャミをしていた。
「暫くドタバタしてしまうので、次の配信は未定になりますが必ず告知を出しますので待っていてください! 今日は沢山のお祝いの言葉、本当にありがとうございました!」
配信を終えると、妹に後ろから抱き着かれる。
「ホントにおめでとう、お姉ちゃん!」
「ホウキちゃんなら行けるって思ってたよ」
「流石っす! やっぱワタシの目に狂いは無かったっす!!」
サツキとチヒロも祝いの言葉を言ってくれる。
「うん。でもみんなと世界ランクに行きたかったよ」
二人もあれだけ頑張ったのに上げて貰えないのは、正直残念だった。投票結果次第ではギガキングたちを超えられる可能性はあるけど。
「大丈夫。ボクたちもすぐに追いつくから」
「そそ。お姉ちゃんとパーティ組んでいれば、世界ランクの特権で国外のダンジョンにも行けるんでしょ? これを利用しない手は無いんだから」
「……少しは本心を隠せよ」
俺はスバルを小突く。
妹の言う通り、世界ランカーにはいくつかの特権がある。
まずライセンスカードが黒色になり、ブラックカードと呼ばれるようになる。これ一枚でクレジット決済にも対応できるようにされ、限度額は設定されていない。
他には世界ランカー専用のショップの利用権、国外の高レベルダンジョンへの立ち入り許可、特別手当等、いくつもある。
……何だか富裕層の世界に迷い込んだ気分だ。限度額無しと言われても、買うのは精々新作のゲームソフトとか漫画とかその程度。逆に他のランカーたちは何を買ってるんだろう。高級車とか高級ブランド品とか?
「ホウキ、今政府関係者から連絡が来た。慣例に則って、各国のランカーたちを招いての祝賀パーティを開く事に決まってな。一週間後、東京の迎賓館で開かれる」
スマホ片手に父さんがやって来る。
「歓迎パーティ?」
「ああ。議長国からの提案だ。費用は全て向こうが持つそうだ」
マジかよ。超大国はやる事がデカいな。
「それはそれとして……おめでとう、ホウキ。お前は父さんたちの自慢の息子……いや、今は娘と言うべきか? とにかく誇りだ」
「なんだか、むず痒いな……ありがとう」
父さんに頭を撫でられ、恥ずかしさと嬉しさが入り混じる。階下からは美味しそうな匂いが漂ってくるので、母さんが腕によりをかけて作っているのだろう。
「さあ、今日は祝うぞ!」
しかし何かを思い出したように、父さんは立ち止まった。
「そうだ。忘れる前に言っておこう。パーティに着用するドレスも届いたから、後で確認しておいてくれ。お前の部屋にある」
「……え゛?」
豪勢な夕食を終えた後、テレビを付けながら自室でベッド上に置いてある箱を開ける。
「うわぁ」
うっ、水着を着た時の記憶が。
「何だよこれ、肩の部分が露出すんじゃん……」
色は水色。イメージカラーに合わせてくれるのは良いんだけど、なんでこうなるのか。
スバルには気づかれないようにしよう。見られたら何を言われるか、分からん。
「俺、男なんですよ一応……」
でもなんか最近、男だった時の記憶というか感触はだいぶ薄れてきている。馴染んでいると言うか、何と言うか。
だからと言ってイケメンとか見てもときめく感じは無い。つーか男を好きになるとかは普通に無理だ、うん。相手だって元男なんて知ったら萎えるだろう。
じゃあ女の子はそういう対象で見れるのかと言われると、そうでもない。でも男よりは拒否感が薄いので、もし好きになるならやっぱり女性になるんだろうか。
「……難儀だ」
ベッドにボフ、とうつ伏せに倒れ込む。
世間からすれば、男と関わって当然になる。しかし人気配信者の色恋沙汰はかなり……荒れる。
男に惹かれるような精神状態にならずに済んで良かったよ。俺はそういうのに無縁でいられるから。
なんせ今日から世界ランク10位。全ての言動が世界中の人たちに聞かれ、見られる。常に模範的にやらねば。
そういうのは幸い得意だ。勇者だった時も清廉潔白な人柄を求められたからな。
「ふぁ……眠い。風呂行って寝よ」
俺はベッドから起き上がった。
ホウキが部屋から出た後、付けっぱなしになったテレビはニュース速報を取り上げる。
画面内のキャスターは深刻な顔つきで原稿を読み上げた。
『たった今入ったニュースです。本日世界ランクより降格した中国の人気配信者、コンチー氏が遺体となって発見されました。発見場所は中国国内のダンジョンで、当局の発表によるとコンチー氏は数日前から行方不明になっていたとの事です。遺体は意図的に激しく損壊されており、凶悪な殺人事件として捜査される模様です。では次のニュースを――』




