六十八話 目的
サツキの射撃がバハムートの下顎から脳天へと貫通していく。
【ゴ、ォオオオ!】
痛烈な一撃を前に、巨体が傾ぐ。
「お姉ちゃん、今だよ行って!!」
「ありがとう……最高のタイミングだ!」
尚も口へエネルギーを充填するバハムートへ、斬りかかる。
【ぬぉおおおお!! このワシが、ワシの切り札が!?】
三叉の雷撃が剣に宿る。二つの雷がバハムートの肉体を穿ち、最後の稲妻は刀身と一体化した。俺は身の丈よりも長く伸びた神の雷の刃を振り上げ、
「星雷剣ォッ!!」
一閃。
【ガァアアアアアッ!?】
強烈な稲光の残光を空間に刻み付け、バハムートの躯体が両断される。巨体を切り裂いても減衰しない斬撃は、真下の雲海をもぶった切っていく。
【お、のれぇ!!】
胴体と切り離された頭部が蠢き、サツキとスバルの方へ向いた。
【ならば、貴様らを道づれじゃあ!!】
限界まで開け放たれた口が、溜めに溜め込んだブレスを解放する。巨大な七色の魔力の奔流が闇夜を染め上げた。
「プレアデス!!」
俺は妹を見る。
力強く頷いていた。
右手のブラキオンに漆黒の光が渦巻いた。銀河の星雲のように収束していき――、
「魔星拳!!」
迫りくる虹の光に向かって暗黒のオーラが弾ける。突き出した右腕からどす黒い閃光が駆け抜け、ブレスを飲み込んでいく。更に膨れ上がる闇色の光は極大の光芒となって、空の彼方に消えていった。
「とんでも……ないな」
スバル自身も驚いたように眼前の結果を凝視している。
【バカな……ワシの力を上乗せしたブレスが――ゴブォオ!?】
呆けるバハムートの頭頂部に、俺はかかと落としを打ち込む。雲海に叩きつけられ、数回バウンドしてようやく止まった。
【カ、カカカ……】
ビクビクと悶える生首に近づく。
「まだ喋れるだろ。死ぬまで、吐くだけ吐いて貰うぞ」
【ハッ、甘いな小娘。誰が貴様らなぞ、にぃぃいいい!?】
俺は奴の剥き出しになった歯を根元から、強引に引き抜こうとして止める。
ドローンが見ているんだ。過激な拷問は出来ない。撮影を止めてるのもアリだが、流石に不審に思われる。
『この魔物、喋ってるけど何なんだ?』
『分からん。未踏破ダンジョンの未知の魔物だし』
『街を狙おうとしてたよな!? ヤバいだろ! こんな奴が他にもいたら・・・』
『コメっちゃん、歯を抜こうとしてるのか? 素材として使えるのは分かるけどエグイw』
仕方なく、奴に聞こえる程度の小声で話しかける事にする。
「素直に話した方が良いぞ」
【ぐ、ぬぅ。わ、分かった】
とは言え、配信中にコイツがベチャクチャ語り出すのも不味いか? ロシアのトップランカーが絡んでるってブチ撒けたらスキャンダルどころじゃなくなる。
確たる証拠もない中、国の代表を貶める真似は外交的にもヤバそうだ。もし誤りだったら、強請られる弱味を作る事になる。
「はい皆さん! なんやかんやで最上層のボスを倒せました! 危ない場面もありましたが、そこは反省点として、次に生かせるように頑張りたいと思います」
すると、後ろでスバルが配信の〆を始めていた。俺とサツキのドローンも妹の方へ移動している。始めと終わりの挨拶は代表がいる場合、その人を中心に撮影するようにプログラムされているからだ。
スバルがこちらをチラッと見てピースサインを送ってくる。
今の内に、って意味だ。
俺も頷いて返し、バハムートに向き直る。
「――で、本当にヴェスナーって人がお前の依頼者なの?」
【そうじゃ。ワシが受けた指示は二ツ。コメットの排除と、東京都心部の破壊。理由は先も言ったが、知らんわ】
「嘘をつくな。お前みたいな奴が何で理由もなく、人間の言いなりになるんだよ」
俺は圧をぶつけるが、奴の返答に変わりはない。
【言いなりではない。コメット……勇者ホウキへの攻撃と各国に対する破壊活動は、ワシらグリッチャーの本懐でもある】
「……何?」
【それが、あの小娘の命令よ。好きに暴れて面白おかしく、事態を転がして行け、とな】
そのためなら人の指示に従い、バグアイテムを与える事も辞さないわ、とバハムートは吐き捨てた。
「そんな事をして何になる? お前らの言う主は何が目的なんだ」
【知りたいか……? 知って、地獄へ行きたいのなら教えてやる】
バハムートの瞳から光が消えていく。口角を吊り上げ、厭らしい笑みを浮かべながら。
【あの方はお前が欲しいのだ。ベアケル・フライシュマンの遺骸は既に手に入った。後は勇者の身体を手に入れれば、あのお方の欲は満たされる。我らはただそのためだけの兵よ】
……俺が欲しい?
魔王の死体を手に入れた?
どういう――意味だ?
【ハ、ハハハハ! その顔だ、その顔が見たかったぞ! 混乱と動揺、恐怖に満ちたその顔が! あの方は、あの小娘はまだまだ騒ぎを起こすぞ! あちこちで混乱を起こして、お前が苦悩する様を見て喜び! お前が活躍し、その強さを見せつける様を見て法悦に浸り! いつかお前の肉体と精神を奪う時を妄想し、よがり狂う!】
バハムートはガフッ、と巨大な血の塊を吐き出す。
【既にあ奴は、人間の世界に溶け込んでおる……! き、貴様が地獄に落ちる様を見届けられないのは、ざ、残念じゃ……のう……】
そして最後にニタァと笑い、その目を永遠に閉ざした。




