六十七話 切り札
「なら、ボクたちがコメットちゃんを守るだけ。お前のような存在から!」
サツキが後ろに飛び退りながら、銃弾をばら撒く。本来の豊和M1500では不可能な連射速度だが、スキルがそれを実現している。
「ふん!」
爺さんは七色に輝く壁を地面から噴出させ、銃弾を弾き返す。すかさず反撃しようと、杖の先端に虹色の光を宿すが――。
「むぅ!?」
既にその姿は闇に溶けていた。こういう遮蔽物の多い闇夜の市街戦や森林戦こそが、サツキの真骨頂になる。生半可な探知スキルでは決して見破れない……正に忍の如き、隠形だ。
「――星幻弾」
そして一発の発砲音と共に、無数に分裂する弾丸が爺さんへ襲い掛かった。
「甘いわ!」
先と同じく七色の壁で弾くが、弾かれた弾は複雑に跳弾し――再度爺さんの眉間へと差し迫る。
「ぬ!?」
流石に今度は弾こうとせずに上体を逸らし、避ける。
そこへスバルが肉薄した。
「馬鹿な、この弾雨の中飛び込むというのか!」
「それぐらい出来なきゃ、ダンジョン配信なんてやらないよ?」
無数の弾丸が絶えず跳ね返る中、スバルは猛然と殴りかかっていく。弾丸が跳ね回る合間――僅かな空隙を的確に把握し、最適な角度とスピードで手足を振り抜く。サツキもスバルの動きを先読みし、跳弾を行っている。
「俺の事も忘れんなよ、爺さん!」
そして二人の連携に合わせ、刺突を打ち放つ。音速を超える一撃が爺さんの胸板を貫いた――かに思えたが、その姿は藍色の煙と化して掻き消える。
「なるほど、強い!」
跳弾の弾雨やスバルの猛攻の範囲内から離れた場所へ、再出現した。
「実際に戦ってみなければ分からないものだな。女子供と侮っていた事を詫びよう」
「……そうか」
「では、今度はこちらから行くぞ!」
爺さんの頭上に赤色の巨大な球が生成され、身構えた俺たちの前でそれはランダムな方向へ次々と小さな魔法弾を吐き出していく。
「厄介なスナイパーを炙り出させてもらうとしようか」
ビルの壁面や道路に着弾したそれは、灼熱のマグマ溜まりへと変化する。俺はともかく、サツキが食らったら一溜りもないスキルだ。
「やらせるかよ!」
攻撃を中断させるために、あえて正面から吶喊。思惑通り、釣られた爺さんは口角を歪ませ、人差し指で俺を指差す。
「馬鹿め!」
七色の光がレーザーのように放たれるが、別の影――スバルが割り込む。
「おじーさんこそね。星跳脚!」
ガン! とスケロスでそのレーザーを蹴り返す。返した先は、赤色の球体。
「むお!?」
レーザーが直撃した赤玉は一瞬撓んで崩壊する。爺さんの直上からマグマが滝のように降り注いできて、血相を変えて藍色の煙となり逃げ出していく。
その間、俺は素早く切り返してサツキが隠れてる場所に向かい、救出。
「ありがと、コメットちゃん」
「気にすんな」
俺に抱かれながらサツキは、爺さんへ狙いを定めていた。
「逃げ回るなら、捕縛するだけ。星鎖弾!」
不安定な体勢でもその射撃は完璧な精度で行われる。発射された弾丸は爺さんの眼前で爆ぜると、無数の鎖に変化。雁字搦めに巻き付いていく。
「何ィ!?」
更に鎖は瞬時に地面へと打ち込まれ、その場に拘束してしまう。衝撃で杖を手放してしまった爺さんは成す術なく立ち尽くしている。
「ぐ、ぬぅ……全く、身体が、動かん……!」
「ナイスだ、アーク」
俺は地面に降り立ち、近づく。老人は敬うべきだが、コイツは別だ。俺は襟足を乱暴に引っ張り、顔を仰向けにさせる。
「洗いざらい、話してもらうぞ」
「ふ……、良いだろう。何が聞きたい?」
「さっき、同じ人間に疎まれてると言ったな? お前は人間側の依頼で動いているのか?」
あの二人組もグリッチャーと接触したような事を言っていた。この爺さんも何かしらの連中と繋がっていてもおかしくはない。つまり、またあのような事を企もうとしている馬鹿がいる可能性がある訳だ。
しかも既にチヒロの兄貴という犠牲者まで出てしまっている。
「そうだ」
「……誰だ?」
「さて、誰だったかのう。年を食うと物忘れが激しくてな」
白々しくしらばっくれるが、俺は無言で六角を取り出し振り上げる。
「確か――ヴェスナーと名乗っていたかな」
思わず手を止めた。その名前は聞き覚えがある。
そう――チヒロの調査資料にいた一人だ。
じゃあ、兄貴を殺した犯人は……? いや、流石にこれだけでは証拠にならない。
「そんな、世界ランクの配信者が何でお姉ちゃんを!?」
「理由なぞ知らんわ。人間同士の諍いはよくある事だろう?」
爺さんはくつくつと嘲笑う。
「人間とは、醜いのう」
顔が醜悪に歪む。翠の光が巻き付いた鎖の隙間から漏れ出していた。
「掴まれ!」
俺は危機感を覚え、咄嗟に二人を抱き抱えて退く。
少し遅れて緑色の波動が迸って一帯の建物を破壊する。同時に爺さんは鎖を振り払い、空へと飛び出した。
「ふぅ。どうやら勝ち目はなさそうだわい。なら、もう一つの目標を狙うとするかのう」
ビュン! と黄色い光に身体を変化させ、飛び去って行く。出口の吊り橋がある方角だ。
「あいつ、外に出るつもりか!?」
外に出て何を……?
イヤな予感が全身を這う。
「お姉ちゃん、先に行ってあいつを追いかけて! アタシたちは後から追いかけるから!」
「……でも」
「スバルちゃんはボクが守るから安心してよ。それとも、不安?」
「分かった」
俺は頷き、肉体強化を施す。
クラウチングスタートからの爆発的な加速力で、追走を開始した。
特異性落下世界から外に出ると、異様なまでの殺気が上層から降り注いでくる。
何だ? 何をしてるんだあいつは!
「一気に、ぶち抜いていくか……」
俺は身を撓める。最上層がどれだけかは分からない。だが、チマチマと進んでいっては間に合わないだろう。
『やった、お姉ちゃんの配信が復活した!』
『て、ドローンが追い付けてないww速すぎだろ』
『コメットさん無事でよかったっす! でもお二人は!?』
『何かあったのか?』
「ッはぁあああ!!」
肉体強化と生来のフィジカルを組み合わせ、全力で跳躍する。ドォン! と物凄い爆音と共に、俺は飛び上がる。
いくつもの雲の層を突き抜け、ぐんぐんと高度が上がっていく。一際巨大な雲海を貫通していき、飛び出す。そこはまッ平らな雲海が果てしなく続いていた。
そしてそこを悠然と泳ぐのは巨大な白鯨。アジ・ダハーカやヘカトンケイルにも勝るとも劣らない巨躯のクジラだ。背には竜のような両翼が生えている。
「もう来たのか。若者はせっかちでイカンな」
そのクジラの額の上に爺さんが仁王立ちしている。
「見るがいい。これぞ天空の覇者、雲海王バハムートだ」
「……それがお前の切り札か?」
俺は雲海の上に散らばる雲の一つに着地。剣を構える。手強そうだが……アジ・ダハーカと比べると見劣りしてしまう。
だが、ほくそ笑む奴の表情から察するに、まだ何かあるはずだ。
「確かにお前は強い! 恐るべき強さだ。しかし!」
爺さんの身体が紫の光になり、白鯨の巨体を包み込むように拡大していった。
「お前以外の存在はどうかのう?」
悪寒がいや増す。
俺は雲から加速し、一気呵成に肉薄する。
間違いなく、何かを企んでいる。行動を起こす前に最速で潰す!
「貴様の相手はこ奴らじゃ!」
行く手を阻むように、数多の魔物たちが雲間から飛び出してきた。構わずに突撃し、強引に突破していく。
「させぬ!」
今度は虹色の障壁がバハムートを囲って何重にも重なり、ドーム状に展開された。
それに対し拳を握り締め、殴りつける。一枚目は粉々に破砕され、残る壁も衝撃と拳圧で砕け散った。
「ふっ、遅いわ!」
クジラは苦しむように悶え、暴れ始めた。何かから逃れるように大きく雲の上で跳ね上がり、尾ひれを叩きつけて潜航していく。
「ックソ!」
一瞬の静寂が場を包むが――。
再び雲海を割るようにバハムートが現れた。紫色の禍々しい紋様が全身を走り、怪しく明滅している。
【どうじゃ、これこそが切り札よ!】
バハムートから発せられる爺さんの濁声。
【だがこれでもお前には勝てないだろう。だからお前以外のものを狙う。手段など選ばぬぞ、ワシは!」
その視線は真下――眼下の街並みに向いていた。
俺は全てを理解する。
「その前にお前をたたっ斬る!!」
【ならワシは時間を稼ぐだけじゃ!】
魔物の大群が再び舞い上がる。先よりもその物量を増大させ、命を惜しまずに突っ込んできた。
だが、この程度の雑兵など億単位、兆単位で来ようと剣の一振りで半数が消滅する。
何ならダメージなど受けないのだから、無視して突撃する方が速い。
【役に立たんのぉ! ならばこれはどうじゃ!?】
バハムートのヒゲが何かを掴み取り、器用に放り投げる。
それは黒い小さな缶詰のようなモノ……。
「バグアイテムか!?」
俺の言葉を肯定するかのように、空中で破裂したそれらから黒い帯のようなものが一斉に吐き出されてきた。
「っ!」
得体のしれないアイテムを無防備で受けるのは不味い――!
「星護剣!」
半透明の障壁が作り出されるが――。
「!?」
そのまま貫通してくる。
「なっ!」
帯は身体に巻き付き、濡れた布切れのようにビッチリと締め上げてきた。
「下らない、時間稼ぎをっ!」
俺はパワーで強引に破り取り、再び加速しようとする。
【甘い! 隙だらけよ!】
一瞬の焦りと散漫。頭上に影が差し、尾ひれが叩きつけられた。まともに食うが、俺の防御力が勝るのでダメージは無い。
しかし、空中で勢いを十分に殺す事は出来ずに大きくノックバックされてしまう。
「く、そ!」
俺は体勢を立て直した。切り返して肉薄すれば奴は殺れる。
でも――間に合わない。致命的な時間を稼がれた。
バハムートが大口を広げ、エネルギーを収束させる。
殺せる距離だ。どんな攻撃でも、仕留められる。
だが、あの攻撃を止められない。殺しても、攻撃を出されてしまう。
「七手八脚!! 重速時烈!!」
時間魔法で加速しても、遅延しても。
肉体強化を極限まで重ね掛けても。
あいつが下界へ吐き出す一撃は、阻止できない。
ほんの僅か、コンマ数秒以下の猶予が無い。
それさえあれば、間に合うのに。
たった、一秒にも満たない時間が欲しい。
それだけ、それだけあれば――!
「――お姉ちゃん!!」
その時、スバルの声が響き渡った。
星脈活星・金牛の光を帯びて、豊和M1500を構えたサツキを抱えながら、飛び上がってくる。
「大丈夫。届かないなら、ボクたちがその先へ届けさせてみせる――コメットちゃんが導いてくれた時のように!!」
【うおおおおお!? く、来るなぁあああ!!】
そして、隙だらけのバハムートを狙い撃った。




