六十一話 真理眼
『……何故、それを』
『やっぱり、ビンゴみたいっすね。ええと、どこから説明すべきか』
俺はチヒロを観察する。怪しさはない。悪意や害意の類もない。
一度、ちゃんとした場所で話を聞くべきか。
「あの、彼女……見逃して貰う事は可能ですか?」
「えっ?」
警官と宇佐美さんが顔を見合わせた。
「一度、家でみんなと話し合う必要が出てきたので」
「し、しかし……」
「お願いします」
無理強いをしているのは分かっている。向こうも仕事だし、もし解放して後で何かあったら首が飛ぶだけでは済まないだろう。
だがそれでも、彼女の話を聞かなければならなかった。
警官の一人が無線でどこかと話し合っている。
「分かりました。ですが、手錠は掛けたままになります。後、我々も家まで同行します」
「大丈夫です。ありがとうございます。……チヒロもそれでいいよな?」
「す、すみません……それで大丈夫っす」
こうして一旦、彼女は自由になり俺と一緒にレクサスの後部座席へ乗り込む。
車が発進すると、開口一番チヒロは謝罪を口にする。
「本当にごめんなさいっす……めちゃくちゃご迷惑をかけてしまって」
「……まあ、車列を追いかけるのは不味かったね」
どうやら家の方にも行ったらしいのだが、関係者以外は会えないと言われ門前払いを食らったようだ。それでこのような強引なアタックに及んでしまった……というのが事の次第だ。
先の事件を鑑みれば当然だが、そこまでしてでもコンタクトを取ろうとしたチヒロの行動も理解はできる。
バグアイテムが関与してるなら、俺の出番なのだから。
「社長にも連絡を入れておきました。すぐ家に戻るそうです」
「ありがとうございます」
間もなく、車は家に到着。数人の警官に囲まれたまま、チヒロは自宅に上がる。
リビングには既に父さんとスバル、サツキ、更にギガキングとクインも揃っている。特異性落下世界と関わってる可能性も高いので同席してもらった。
母さんはキッチンで作業している。
「では、我々は扉の前で待機しています。何かあれば、迷わずお呼びください」
警官たちが出ていくとチヒロを席に座るよう促し、俺たちも席に着く。
「わ、分かってはいましたけど、凄いメンツっすね……日本の最高戦力が一堂に会する場にワタシが……」
居心地悪そうに何度も坐り直していたが、覚悟を決めたように俺たちを見据えた。
「まず……ワタシたちの活動から説明しようと思うっす。ワタシは兄と一緒にアイテムや財宝の収集活動をしてました。いわゆるトレジャーハンターとか、アイテムコレクターってやつっすね」
古い玩具や切手、骨董品を集める人たちがいるように、ダンジョンで得られるアイテムに惹かれる人たちも一定数いる。単に飾って眺めて楽しむ人や、展示会を広げて自慢する人など様々だ。
「一応配信とかもやってるっすが、数字はてんで駄目でしたね。でもある日、とんでもないものを見つけたんす。麦星アークさんが落ちた、あの奇怪な穴ぼこ。アレをアイテムの収集活動中に偶然見つけたっす」
「……待って。あなたは、ボクが落ちる前よりあの穴を見つけていたの?」
「はい」
まさか、あんなに危ない穴だとは思っていなかった。もし危険性を把握していたら存在を報告していた――とチヒロは申し訳なさそうに言う。
「……マジかよ」
「あの穴、アタシたちが見つけるより前から……」
俺はてっきり、あの事件が全ての発端だと思っていた。その認識を改める新事実だぞこれは。
「ワタシも落ちそうになりましたが、兄に助けられたっす。そんで色んなアイテムを駆使して、穴の先に広大な空間があることを知ったんすよね。分かってからの行動は早かったすよ。兄はもうノリノリで……入りました。無論ワタシも巻き込まれたっす」
「待て待て、あの世界に行ったのか!?」
真っすぐに進んでいても同じ場所に戻る。かと思えば、どれだけ戻ろうとしてもおかしな方角へどんどん向かわされる。俺の装備でマッピングしてようやく歩けるようになれる異空間なのに。
「兄の魔眼のお陰っすよ。効果は宝箱の探知と隠された道の看破、帰り道への道標……要はマッピングに特化した魔眼っすね。変な魔物も一杯出てきたっすが、アイテムでぶちのめしたので余裕でした」
「噂には聞いていたが便利な能力だな。魔眼のスキルスクロールは激レアらしいが」
ギガキングの言う通り、魔眼はごくまれにスキルスクロールでゲット可能だ。異世界でも魔眼は希少なモノなので普通は手に入らない。だからこそ得られる能力は強力になる。
しかし兄妹揃って魔眼所有とは流石、コレクター……。
「そこで、ワタシたちは文字化けする奇怪なアイテムを見つけたんス。ここでこのワタシの魔眼、『真理眼』の出番でした。効果は単純にアイテムの鑑定っすね。鑑定スキルでも見破れないような隠された能力も、この目の前には無力っす」
金色に染まるチヒロの右目。
俺でも初めて聞く効果を持つ魔眼だ。鑑定スキルの上位互換とは……まだまだ見知らぬスキルはあるらしい。
「じゃあ、チヒロは読めるのか?」
「はい。読めるっす。でも、もう少し話を続けさせてください」
「あ、ああ。悪かった」
「……アレは、今から半年くらい前っすね」
基本、柔らかい表情だったチヒロの雰囲気が一変する。地獄を経験した者のそれだった。
「ワタシがフィールドワークから帰った時っす……。家に戻ると、兄が倒れてました。血まみれで」
「っ!」
スバルとサツキ、クインが息を呑み、ギガキングは微かに眉根を顰めた。
「その時、兄は絞り出すような声で言ったんです。犯人は――」
当時を思い出すのか、辛そうだった。フラッシュバックでもしたのだろうか。呼吸は荒く、額には汗が浮かんでいた。
しかしチヒロはそれらを振り切るように続ける。
「犯人は――、『世界ランカーの一人だ』って」




