五十九話 国内ランク1位
「でっか……」
目の前にある邸宅を見て一言。外観はモダンなデザインの二階建て。今まで住んでた家も十分に大きいと思っていたが、こっちは一回りも二回りもデカい。車が五台入るガレージ付。
「土地の広さは三百坪だそうだ。学校のプール三つ分くらいの大きさだな」
「三百……」
隣には似たような見た目の家が四軒続き、それぞれサツキ、ギガキング、クインのものとなっている。
家を囲う壁は下段がフェンス状になり、上は有刺鉄線。防犯カメラとセンサーライトも多数設置され、死角は徹底して潰されていた。更に敷地内には特殊警察の詰め所があり、門の前に二人、詰め所内に三人待機する構成になっている。
「本当にここに住んで、良いんだよな?」
「……ああ。父さんもそう聞いているが……」
実際、車列は家の前で止まった。家の前で警護する警官も俺たちに敬礼する。
何も言わずに通り過ぎるのはアレなので、軽く頭を下げておく。父さんたちも同じようにしていた。
ドアを開けると玄関だが、既にここからあり得ないくらいの広さになっている。高級旅館か何かかな?
「は、入っていいのこれぇ?」
いつもならテンション上げてはしゃぐ妹も流石に躊躇っている。
「い、良いはずだ。上がるぞ」
父さんが先陣を切り、俺たちが続く。廊下、リビング、キッチン、和室、風呂、寝室、二階の個別の部屋……どれも規格外。もしホテルなら一泊で三桁行きそうな感じだ。
とりあえず驚いていても仕方ないので、持ってきた少ない私物を自室へ置くことにする。
俺とスバルの部屋は二階の日当たりが良い場所だ。景観もよく、一等地の邸宅に相応しかった。
しかし部屋が広い+私物が無いせいで殺風景な印象も拭えない。後で什匣から適当なアイテムや武器を出して飾ろうか?
そう考えていると、下でチャイムが鳴る。
引っ越し初日で来客? まあ確かに荷物が全然ないから、人が来ても問題ないけど。
「スバル、ホウキ。下に来れるか?」
暫く何か話してたようだが、父さんの声がかかった。
「うん、今行く」
「なんだろうね?」
スバルと一緒に階段を降り、リビングに行くと一人のスーツ姿の男と父さんが椅子に座って向かい合っていた。
中肉中背の若い男だ。黒髪、黒い瞳。三十歳前後だろうか。
「こんにちは。私はこういうものです」
名刺を渡される。
「地底事業省、事務次官……の黒沢ゲンジさん」
国内のダンジョンを管理するために開設された、十三番目の日本の省庁。ダンジョンの探査、魔物や財宝、アイテムの研究・解析等を一手に担う唯一の組織で、他にはトップランカー……つまり、国内の配信者のランキングを取り決める権利も有していた。
「この度は、一連の事件による心中をお察しします。私どもしましても、このような事件が起こされたのは遺憾の極み……今後は国の威信を賭けて、再発防止に努めさせていただきます」
椅子に座った俺たちの前で黒沢さんは頭を下げる。
「それに引っ越しの初日に、押しかける形になってしまった事にも謝罪いたします。しかし、どうしても本日、お伝えしなければならなかったのです」
父さんに促され、ようやく頭を上げた。手提げカバンからノートパソコンを取り出し、その画面を見せる。
「現在の国内ランキングです。今日がその変動日となり、大東ホウキさん――配信名コメットさん、本日よりあなたが日本最強、国内ランク一位の配信者となります」
……え?
俺は画面を見る。
三位、クイン。二位、ギガキング。
そして、一位――コメット。
紛れもない、俺の名前がそこにあった。
「え、いや、俺が!?」
「やっとお姉ちゃんが一位かぁ。思えばアタシが配信やり始めて少しして、ギガキングさんが物凄い速さで駆け上がって行ったんだよね。あっと言う間に一位を取っちゃって……以来、ずっとそのまま。歴史的快挙だよ!」
「何を驚いているんだ? 最近の活躍を見れば、当然だろう。ギガキング氏も一位の座を退き、お前がトップになることを望んでいたぞ」
「え、ぇええ!?」
確かに注目はされていたし、なんかヤバそうな連中をぶっ飛ばしてきたけど……それだけだ。特に迷宮の攻略に本腰を入れたわけでもないし、氷風大樹海も踏破したけどアレはスバルと母さんを助けるための副産物でしかない。
「こういうのって、なんか迷宮とかのクリア数とかで決まるんじゃないの……?」
そういった途端、スバルや父さんに呆れられたような眼で見られた。
「お姉ちゃん……まさかランキングのシステム、知らないの?」
「ライセンス取る時の説明を聞いてなかったのか?」
「えと、あの……とりあえず、ライセンスは貰えればそれで良かったから……」
そう言うと、父さんはため息を吐いた。
「ホウキ、お前はもう世間だと超一流の配信者だ。今後はしっかりと説明を聞いておきなさい」
「は、はい……」
確かに知らない分からないじゃ、済まないよな……。考えが甘かった。
「ランキングは投票式+αだ。毎月一回、変動日の前に十歳以上の日本国民全てに投票権が与えられる。投票はネットで行われ、その中から選ばれた配信者がランキングに名を連ねる」
選挙みたいな感じだろうか。アイドルでも人気を投票で決めてるし。
「他には、お前の言う通りダンジョンを踏破したり、魔物を倒せばポイントが入る。踏破済みより、未踏破をクリアしたらより多くのポイントが加算される。魔物も強敵の方が稼げる。これは実力があるのに、知名度は低い配信者への救済措置だな」
俺はそのポイントに加え、投票数も集中したらしい。確かに目立ってはいたけど、ここまでとは……。
「そのポイントってどうやって確認するの?」
「ドローンが記録し、加算する。それはリアルタイムで地底事業庁の管理組合に送付され、個々のポイントに追加されるんだ」
「なるほど……」
ドローンもただの撮影機材としか見てなかったな。だからこんな頑丈なのか。
「それで、コメットさんの国内ランクは決まったのですが……世界ランクについては残念ながら、揉めています」
黒沢さんの言葉に父さんは眉間にしわを寄せた。
「米中露ですか?」
「はい。案の定、難色を示しておりまして……」
「フン……ウチのホウキが入れば、いずれかの国の配信者がトップ10から落ちます。メンツを潰される訳だ」
「ですが、政府としましても今回こそは、日本人初のトップ10入りを諦めるわけにはいきません。ギガキング氏の時も横槍で妨害され、弱腰外交と厳しい声に晒されました。ホウキさんは国内外が注目しています。また同じような事になれば最悪――」
「政権の首が飛ぶ、と」
「……面目ありません」
「それで、わざわざあなたが来たわけですか」
父さんが納得したように頷く。
「さしずめ、ホウキにもう一つの未踏破ダンジョン……スカイツリーの『空ノ立橋』をクリアしろ、とお上が仰ったのでしょう? そうして力を見せれば、いかに超大国と言えど認めざるを得ない」
「はい。その通りです」
「……俺の娘を政局の道具にしないで欲しいですな」
黒沢さんを睨む父さん。この体格から放たれる圧は、凄まじいものがある。しかしその瞳を黒沢さんは真っすぐに見据えていた。
「このように新居を用意したのも、本音ではそのような見返りを求めて――ですかな? とは言え、我々ステラ・スフィアーズはあなた方に世話になったのも事実です」
腕を組み、険しい面持ちで瞑目する。
「……ホウキは、どうだ? 行きたいか?」
「俺は……」
未踏破のダンジョン。そのワードだけで心は躍る。政府とか他国とか、難しい事はよく分からないが、純粋に行ってみたかった。氷風大樹海はRTAみたいになってしまったし。俺はじっくりと攻略したい性分なのだ。
でも――。
俺はスバルを見る。一人にはしておけなかった。
「……お姉ちゃん、もしかしてアタシの事気にしてる?」
視線に気づいたスバルが察したようだ。
「あのね、ならアタシもお姉ちゃんと行くよ。ナメないでよね、一つ下がっちゃったけどまだまだ国内ランク四位! 日本で四番目に強いんだよ? この前は……失態を見せちゃったけど、大丈夫。お姉ちゃんと一緒なら絶対に負けないから」
俺が何か言う前に、先回りして告げるスバル。確かに一緒なら安全だ。母さんも、これだけの警備下の中にいれば手を出されないだろう。
精神面も安定している。引退という選択肢は最初からなかったし、そろそろ再開する頃合いだとは分かっていた。
「でもお前、武器が無いだろ?」
「……あ」
ガントレットは破壊されている。いくら何でも、素手でダンジョンに入るのは危険すぎだ。
「今すぐに返答しろとは、言いません。期限などありませんので……出来れば前向きなご検討を、お願い致します」
そこまで言うと、黒沢さんは何度も頭を下げながら帰っていった。




