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五十六話 お姉ちゃんは最強!


「サンダーバードすら瞬殺だと!? どうなってやがる!」


 司会者気取るくせに口調が素に戻ってんじゃねぇか。エンターテイナーとしても三流だな、こいつは。


『つまんねぇな』

『期待してたけど、いつもの結果で草』

『萎えたわ。もう良いよ』

『もっと強い魔物出せよ無能』

『さっさと次の試合やれ! 金賭けてんだぞ!』


 おーおー、コメントも大荒れだな。言いたい放題だ。


「ぐ、くくく! おい、デブ! 何してんだぁ、あいつを出せ! もうどうなろうと構うか!」

「は!? だ、駄目だよあいつだけは! アレは警察や自衛隊に追われた時の切り札だよ! 下手したら僕たちだって巻き込まれ――」

「黙れ! お客様を退屈させるな! 数字が全てだ! 金が全てだ! それが無きゃ意味ないだろうがァ! 今すぐ出せ!」


 怒声に圧倒され、縮み上がったデブは手帳を投げ捨てて、ジェルボックスのようなケースを取り出した。それを持つ手は震え、カチカチと小刻みに歯を震わせている。


「クソ、これを開けたら……開けたら……うう、畜生! 死にたくないのに!」

「サッサと開けろ殺すぞボケが!」

「――ッ! うわあああああああ!!」


 デブが顔を背け、目を瞑りながらケースの蓋を開け放つ。闇色の光が吐き出され、何かが呼び出される。どす黒い煙のようなものが辺りに立ち込め……凄まじい殺気が奔流となって押し寄せてきた。


 これは――、中々じゃないか。


『お、お姉ちゃん笑ってる……』

『画面越しにもやべぇぞ、このプレッシャー……』

『ワイ、ちびったわ』

『草』

『笑ってられるお姉ちゃんのメンタルよ』

『同接50万キタ! 海外コミュニティでも爆速で拡散されてる!』


 ごぅ、と拭いた一陣の風が煙を散らしていく。

 完全に晴れた時、そこに居座っていたのは一匹の黒いドラゴンだった。だが、一目でそれが紛れもなくドラゴンの中でも最高位の存在だと理解する。


 ケルベロスのように三つの首を生やし、背中の翼は六枚。手は阿修羅像のように同じく六本。しかも三つある顔は全て顔つきが異なっていた。


「アジ・ダハーカ……」


 史上最強最悪の邪竜。

 悪の中の悪。


『なんだこのドラゴン!?』

『アジ・ダハーカ!? 中東地域のダンジョンのボスだろ! サンダーバードと言い、どうなってんだ!?』

『なんかアラビア語みたいなコメが急に増えたんだが』

『中東辺りでめっちゃ拡散されてるわ』

『誰か翻訳してくれ』


【こいつは俺たちの国の英雄を殺した奴だ……】

【多くの冒険者が餌食になったんだ。俺の兄もこいつに!】

【日本の小さな友人よ。頼む、アジ・ダハーカを倒してくれ!】


 スキルの効果でコメントのペルシア語が瞬時に翻訳され、日本語へ切り替わった。

 どうやら相当好き勝手やってるらしいな、この爬虫類は。


 まあ俺、元勇者なんでね。頼まれたら――断らない主義なんだわ。


「あいよ」


 ドン! と俺は加速する。

 そして、


「出会いの挨拶だ、受け取れクソトガケ」


 真ん中の首を蹴り上げた。

 アジ・ダハーカの巨体が吹き飛ぶ。弾丸のような勢いで空洞の真ん中から、端っこの壁面へと叩きつけられる。


『!?!?』

『ぶっ飛ばしたwwwあんなデカいドラゴンをwwwぶっ飛ばしちゃったよぉwww』

『OMG!!!!OMG!!!!!!』

【英雄だ、英雄ガルシャースプの生まれ変わりだ!!】

『コメっちゃん……ヤバすぎるって……』

【やった! あの怪物が初めてぶっ飛んだぞ!!】


「な、何やってんだぁ! 立て、立ち上がれアジ・ダハーカ! お客様が離れちまうだろ!!」


 司会者の絶叫が轟く。それをかき消すくらいの咆哮が空気を震わせた。


 キィン――、と砂埃の向こうで三つの光が瞬く。


「ん?」


 身構えようとした刹那、レーザーのようなブレスが三本、俺に向かってくる。


「っふ!!」


 一本目は身を捻って躱し、二本目は顔を逸らして避ける。最後の三本目は躱せないと判断し、拳を割り込ませて弾き返した。

 明後日の方角に飛び去るブレスは、ホログラムを破壊して天井をぶち抜いていく。


「そうこなくちゃな」


 無傷で立ち上がったアジ・ダハーカ。今度は六つの目が怪しく明滅し――、


「!」


 炎、風、水、氷、雷、土、光、闇etc。多種多様な魔法が一気呵成に雪崩れ込んでくる。

 確か……千の魔術の使い手だっけ?


 俺は背中の杖を構える。杖のスキルの効果により、魔法反射の壁が展開された。夥しい量の魔法が全方位から撃ち込まれるが、障壁は揺らぎもしない。

 そして受け止めた魔法は渦巻き状になって吸い込まれていき、元の数十倍の威力に増幅されて打ち返す。


「奇遇だな。俺も魔法一杯使えるんだわ。多すぎて数える気にもならないけどな」


 反射に乗じ、俺も魔法を放つ。火球、竜巻、水流、吹雪、雷撃、土石流、閃光、闇のオーラ。杖の効果で極大化した魔法が反射したものと合わさり、八色のエネルギーの塊となってアジ・ダハーカを飲み込んでいった。


『あいつって、中東最悪の厄災とまで言われてたよな……?』

『うん。でも今回は相手が悪すぎた』

『だってお姉ちゃんだもんなぁ……』

『日本中が見てんじゃねぇの、これw』

『いや……世界中が見てる』


「ガリル君、コメットの同接数が160万を超えてる……! 僕たちの配信より、ずっと、ずっと見られてる!」

「う、嘘だ……何でお前の方が! 何でお前が世界中を魅了してるんだ!? エンターテイナーは俺だぞ!! ふざけんなぁ! アジ・ダハーカ! 早くこいつを殺せ、殺しちまえ!! 公開処刑だ!!」


 煙を払い除け、アジ・ダハーカが飛び出してくる。多数の魔法に打ち据えられてもなお、その生命力は満ち溢れ、傷口からは血ではなく異形の昆虫や爬虫類たちを吐き出していた。


「ゴガァアアアアアアアア!!」


 左右合計六本の剛腕が四方八方から襲い来る。加えて数え切れないほどの虫が集ってきた。

 俺は全ての腕の一撃を乱れ飛んで回避し、並行して鬱陶しい雑兵共は指先から放つ光魔法のレーザーで処理していく。


「ガ、ガァアアア!!」

「クソ! 何で当たらないんだ! 当たればテメェみてぇなガキ、一発で終わるのに!」


 当たればねえ。


「じゃ、やってみろよ」


 俺はワザと足を止める。好機と言わんばかりにアジ・ダハーカは全力を乗せて拳を打ち下ろしてきた。


「ハッ、バカが! これでスプラッタの一丁上がりだな! 皆さん、ついにこれでコメット選手はノックアウト! アジ・ダハーカ……の……勝、利……」


 威勢よく吠えていた男の言葉が、尻すぼみになって消えていく。


「どうした、アジ・ダハーカ。俺のアホ毛しか潰せないのか?」


 俺の頭上で奴の拳は止まっていた。プルプルと小刻みに痙攣し、全霊の力を込めているのが伝わってくる。


『頭で受け止めたァ!?』

「最早、腕を使う事すらしてないじゃないか!』

『アジ・ダハーカってヘカトンケイルより上だよな!? じゃあ、あの片腕止めも本当はしなくても余裕だった……?』


「まあ、でも強かったよお前は」


 俺は奴の拳を払い除け、邪魔くさいお供を黙らせるために震脚を打つ。

 大地を揺るがす衝撃波が拡散し、ささくれ立つ岩塊によって配下の昆虫と爬虫類を串刺しにした。


「グ、グガアアア!!」


 再びアジ・ダハーカの猛攻が始まるが、それよりも速く俺は地面を踏み抜き、跳躍。

 奴の眼前で剣を振りかぶる。


星竜斬ドラゴン・スレイヤー


 奴がガードしようと重ねた六本の腕全てが切断され、叩き落とされた。


「ゴアアア!」

 

 今度は左右の首が噛み砕こうと迫りくるが、右の鼻っ面を踏みつけてより高く飛び上がる。

 真ん中の首がギッと俺をねめつけ、口腔を開け放った。


 ギイイイン――と、高濃度の魔力のエネルギーが凝縮。


 奴の渾身のブレスが無音の咆哮と共に解き放たれた。正にレーザー砲の如く突き進んでくるそれに、俺は剣を合わせる。


星迅剣スラスト・レイン!!」


 音速を超える刺突がブレスを真っ二つに裂く。放った突きは威力を減らすことなく、中央の脳天をぶち抜いた。


「――!!」


 激しく飛び散る鮮血と、声のない悲鳴。憤怒に駆られた残る二つの首が、蛇のようにしなりながら伸び上がってくる。


「ほら、食いたいんだろ? しっかり食えよ」


 俺は左右の手をエサのように晒し、誘う。案の定、二つの口は容赦なく俺の腕に噛みついてきた。

 ゴキリ、と嫌な音が鈍く響く。竜の口から血が滴った。


「やった、ついに噛み砕いたぞ! ハッハァ! ざまぁ見ろ……」


 がなり立てる司会者だが、またしても勢いを失って黙りこくってしまう。

 まあ、驚くのも無理ないけどな。

 砕けたのは、コイツの牙の方だし。


「こうやった方がきれいに首を吹っ飛ばせるんだ。じゃーな」


 俺は両手に魔力を送り込む。眩い閃光が竜の砕けた牙の隙間から漏れ出した。


燎原の光芒フィンソーグ・リーム

「ア、アジ・ダハーカ! 奴の手を放せ!!」


 その光が最高潮に達した時、紅蓮の爆発が二つの頭を口の中から吹き飛ばす。牙や何かの欠片がポップコーンのようにばら撒かれ、竜の巨躯がついに膝をつきかけた。


「―――!!」


 伊達に中東最強を名乗っているわけでも無いようで、二つの首がもがれ、一つの首の息の根が止められ、六本の腕を失ってもなお、奴は戦いへの妄執を見せつける。

 俺に向かい、その巨体で押し潰そうと倒れ込んできた。


「往生際が悪いぞ、お前」


 俺は着地し、拳を構える。


「なら、跡形もなくその身体を吹き飛ばすだけだ」


 倒れてくる肉体に合わせ、一発。

 

 強靭なウロコを粉砕し、分厚い筋肉を貫き、破孔から溢れる虫を消し飛ばし――。

 奴の全身の肉体に伝播していく破壊力が、全てを粉微塵に変えて。


 辛うじて残った最後の首だけがクルクルと回りながら、俺の背後に落下した。


「あ、パーカーの袖が引き千切られてる……お気に入りだったのに」




 

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― 新着の感想 ―
[一言] お姉ちゃんがその気になれば、それこそ必殺の魔眼や『ザ・ワールド』レベルは使えるはずだから まだまっ正面から粉砕したという感じか
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