五十五話 ボスラッシュ
俺はショゴスが開けた扉を潜り抜ける。ようやく到着した地下100階の最深部は、広大な空洞だった。余計な遮蔽物も障害物もない。まるでコロシアムのようだ。
「レディース&ジェルントルマン!! 皆さんお待たせしました!! 今宵の熱狂ドッキリチャンネルは過去最高最大の規模でお送りいたします!!」
いきなり男の声が響き渡り、録音された大観衆の歓声が響き渡った。周囲には撮影ドローンが何機も浮遊し、空中にはホログラムが投影されて俺が映し出されている。
「さあ、今回の挑戦者もステラ・スフィアーズが誇る最強無敵の配信者、コメット!!」
『キタキタキタァ!!』
『今日こそ負けろ!! 絶対負けろ!』
『大枚賭けてんだぞ負けんな!!』
『そろそろ死ねよお前は!』
そしてコメントも同じように巨大なホログラムになって流れていく。
「対するは、我々が東奔西走して連れてきた世界各地の最強クラスのボス魔物たち!! さあ、ダンジョン界のデスマッチとも言えるこの戦い!! 果たして制するのはどちらでしょうか!?」
何をやるかと思えば……バカバカしいな。そもそも俺がここまで辿り着くまでのハンデを考慮してない時点で、出来レースの茶番にも程がある。
まあ、ハンデにもならんけどな。
「ほら、君もドローンをつけなよ」
小太り男が近づいてくる。
「君が無様に嬲られ、殺される様を君のリスナーに見せてやるんだ。素直に言う事、聞いた方が良いよ?」
手にしたスマホを俺に見せてくる。画面には口にガムテープを張られ、目隠しをされたスバルと母さんが映っていた。
……良いだろう。このクソみたいな茶番に付き合ってやる。
俺は什匣からドローンを三機、取り出して配信を開始した。
『え、何いきなり通知着たんだけど!? ど、どうなってんだよ』
『今ニュースでプレちゃんと母親が誘拐されたって……、なんだよこれ!?』
『コメっちゃん、何が起きてるんだ!? 教えてくれ!』
『どこだここ・・・』
『総理大臣が会見してるぞ! 日本国に対する攻撃だって! 二人組の配信者が実行犯兼誘拐犯として指名手配されている!』
『ちょ、コメっちゃんの前にいるデブ、あいつだろ!? 裏垢でやらかして追放された奴だ!』
『こいつだ、指名手配されてる奴だ!』
困惑したリスナーさんのコメントが流れていく。外では既に大騒ぎになっているらしい。
「皆さん、何が起きているか分からないと思います。説明している時間もありません。俺は今からプレアデスと母さんを助けるためにボスラッシュをやります。だから、応援してください」
『わ、分かった!』
『おk、任せろ』
『何か分かんないけど、お姉ちゃんが言うなら!』
『ボ、ボスラッシュってなんだよ? ゲームじゃないんだから、そんなのあり得ない・・・』
『同接いきなり5万行ってるぞ! お姉ちゃん、みんな応援してるからな!!』
ありがとう。
俺はドローンに笑いかけ、背中の杖を抜き放った
「一番手を務めるはここ、氷風大樹海のボス!! 木々の王にして不滅の精霊!! トレント・プライムだぁ!!」
小太り男が翳した黒い手帳から闇色の光が発せられ、無数にのたうつ木の根と巨木が現れる。
「ルゥオオオオオオオオオ!!」
口のような形状をした歪なウロの部分から悍ましい声を張り上げ、同時に鞭のようにしなる多数の根っこが俺へと狙いを定める
「さあ、バトルスター――……」
俺は耳障りな司会者と雄叫びを遮るように、魔法を発動させた。
「焼球」
一切合切の手加減無し、全力の超巨大火球を巨木の化け物へ叩き込む。
世界を焼く超特大の大爆発。衝撃波と熱風が俺の傍に居るデブを吹き飛ばし、奴らのドローンも巻き込まれていく。
俺のドローンには防御魔法をかけておいたので、無事だった。
「なぁッ!?」
噴煙が晴れると、そこには消し炭と化したトレント・プライムの亡骸が突き立っている。
『おい、何してんだ! 画面が映らないぞ!』
『ドローンが壊されてんじゃねぇかwww』
『はぁーつっかえ』
『さっさと直せバカ野郎』
『賭博で中継途切れるの駄目だろwww』
向こう側のコメントは罵詈雑言で溢れ、目も当てられない。マジで民度終わってんな。
「も、申し訳ございません!! おい、デブ!! さっさとスペアのドローンを上げろボケが!!」
「わ、わ、分かってるよ!」
飛ばされたデブは起き上がり、慌てて新しいドローンを飛ばしていく。
『相変わらず最強お姉ちゃんで草』
『つーかあの植物の魔物なんだよwトレントっぽいがあんなデカく成長した奴は知らんw』
『トレント・プライムって言ってたよな!? あいつ実在したのかよ!』
『はいはい、さすコメさすコメ!』
『てかさっき氷風大樹海のボスって言ってたよな!? コメっちゃんギガキング超えたの!?』
『盛 り 上 が っ て ま い り ま し た』
「さあ、気を取り直しまして! 初戦はコメット選手の圧勝です! トレント・プライムは消し炭です!』
向こうのコメントはまたしてもブーイングの如く、暴言で溢れた。
「しかし、次はそうは行かないでしょう!! ダンジョン強国のアメリカより持ち帰った魔物――サンダーバードだぁ!!」
突然、空洞の中央に一条の稲光が落ちてくる。弾けた紫電が蠢き、集まり出す。それは次第に翼を畳んだ巨大な鳥の姿を象り、両翼を勢いよく広げた。
それだけの動作で何本もの雷光が縦横無尽に駆け巡る。
『サ、サンダーバード!? 何で外来種が!?』
『おいおいおいおい! こんなの倒せねぇぞ!』
『ギガキングでも無理な奴来たわ・・・』
『本場アメリカでもマッシブマン以外に手に負えないだろこいつ……』
『でもさ・・・お姉ちゃんなら・・・』
『ああ、俺たちのコメっちゃんなら!』
『やってくれるよな!!!』
そうだ。
俺は負けない。
スバルと母さんを助けるためにもな。
だから、悪いなサンダーバード。
見知らぬ国の見知らぬダンジョンに連れてこられて。
あんなクソ野郎に利用されて。
でも俺は、負けるわけにはいかないんだわ。
「クアアアアアアア!!」
サンダーバードの口先に莫大な電力が収束する。凄まじい電磁波の嵐が荒れ狂い、ホログラムにいくつものノイズが走っていく。
「いけ、サンダーバード!! 挑戦者を稲光の中へ!!」
「星柔剣――!」
吐き出された電流のブレス。視界を埋め尽くす紫電。落雷の数百倍の威力に達するであろう、その一撃。
それを、俺は。
――切り裂く。
「――!?」
「な、なんだとぉ!?」
翻す刃が雷のブレスを両断し、跳躍して返す刃でサンダーバードの頭を急襲。
「ば、バカなァッ!?」
地面に降り立った俺の背後で、サンダーバードは真っ二つに切り裂かれ、霧散した。




