五十三話 地獄の底へ
今日は3話分、更新します
俺は音速を超えて夜空をぶっ飛んでいく。航空機との空中衝突を避けるためスキルを駆使、全方位に警戒を行い、かつ人目にもつかないように姿を消す。
眼下の景色は人工的な明かりが少なくなり、逆に木々が増えてきた。前方は真っ暗闇だが、俺の目には聳え立つ日本の象徴、富士山の勇姿がハッキリと見えている。
そろそろだ……。
俺は減速し始め、着陸態勢に入る。目標は鳴沢氷穴の入り口付近。スキルのナビゲートが的確に位置を示してくれた。
「っふ!!」
両足を前に突き出し、降下。凄まじい衝撃が巻き起こり、地面を深々と抉っていく。それでもなおスピードは減衰出来ないが、俺はそれら全てをフィジカルで強引に殺す。
「……ここか」
漆黒の闇の中に浮かび上がる鳴沢氷穴。俺はその階下へ降りる階段に足を踏み入れた。入ってすぐに夏場とは思えない冷気が溢れてくる。氷の貯蔵庫として重宝された歴史の通り、内部はあちこちに氷柱が形成されていた。
そのまま順路に沿って下り続けると、数分で最奥の地獄穴に辿り着ける。
あまりにも深く、かつては江の島の洞窟と繋がっているという伝説まであったこの穴も、今は国内最高峰の難易度を有するダンジョン……『氷風大樹海』の入り口になっていた。
立て看板にも『地獄穴・百号ダンジョン入り口。最高レベルの危険性を有するため、一般配信者の立ち入りは禁ずる』と書かれている。現状ここへ立ち入れるのはギガキングと、彼とパーティを組んだ配信者だけだ。
普段は規制線で囲われているが、明らかに誰かが立ち入った痕跡が残されていた。それも直近に。
「今、行くぞ。スバル、母さん」
俺は規制線を乗り越え、迷わず暗黒の穴へと飛び込んだ。
酷い寝苦しさから、スバルは目を覚ます。見たこともない景色が広がっていた。
「アタシ、は……」
自室で姉とサツキの配信を見ていたら、母親の悲鳴が聞こえた。様子を見に行こうとしたら、部屋の扉ごと吹き飛ばされ――。
「つぅ……」
ズキリ、と頭が痛む。手で触ると、かさぶたのようなものが頭に出来ていた。指先は赤黒く染まり、まだ湿っていた。
「っ、ママ!」
隣に母親が倒れているのに気づく。
「ママ、大丈夫!?」
必死に身を揺すり、呼びかけると小さく呻き声をあげて身動ぎした。
――生きている。
スバルは胸を撫で下ろす。見た感じ、服が汚れているだけで怪我もなかった。
「ここは……何なの?」
改めて辺りを睥睨する。
何もない広大な荒地が続いていた。遥か上にある天井には鍾乳石が垂れ下がっているので、辛うじて洞窟か何かにいる事だけは分かった。
詳しく調べたいが、それは叶わない。スバルと母親は黒い檻のようなものに閉じ込められていた。スキルを使おうとしても発動できなかった。
「……あ、足立君、目が覚めたよ」
牢屋の傍に居た小太りの男が、ニタっと嫌な笑みを浮かべる。マッシュルームカットの黒髪に黒縁眼鏡、アニメキャラが描かれたシャツを着ている。
「ボケ! テメェ、名前で呼ぶんじゃねぇっつってんだろうが! 今の俺はエンターテイナー・ガリルだ! テメェはフトル! 何度教えたら分かんだぁ!? あぁ!?」
離れた場所で座っていた痩身の男が肩を怒らせ、近寄ってきた。
地味な小太り男とは対照的に、金髪に染め上げ、耳や鼻には夥しいピアス。B系の服にニッカボッカを穿き無数のアクセサリーをジャラつかせている。
「ご、ごめんよ! 気を付けるから……!」
「次、間違ったらテメェの手の指、へし折るからな?」
足立と呼ばれた男は血走った目で、小太りの男に顔を近づけ凄む。常人の目つきではなかった。
乱暴に小太り男を突き飛ばすと、足立は檻の前までやって来て膝を折る。
「――やあ、プレアデスちゃん。あ、今はスバルちゃんと呼んだ方が良いかな?」
足立の狂気めいた目がスバルを見据えた。多くの魔物と戦い、倒してきたスバルですらその底なし沼のような眼は、彼女を圧倒してしまう。
「あ……う……」
「ほら、いつもみたいにアレ、やってよ。『おはスター!』だっけ? ほら、やって。……おい、やれよ!!」
足立はガアン! と檻を蹴りつける。
「ひぅ!?」
「あ、足……ガリル君! あまり彼女を怯えさせないでくれ……」
檻の端の方へ後ずさり、母親の服の裾を掴むスバル。
「は? ならテメェがこいつらの面倒見とけよ。コメットが来る前に死なせたらお前も殺すからな」
「わ、分かってるよ……」
庇う様に立ちはだかる小太り男だが、振り返ったその顔は醜悪な欲に染まっていた。
「ああ、生のプレアデスちゃんをこんな距離で見れるなんてなぁ……、足立君はコメットちゃんも君も殺すつもりだけど、ぼ、僕はそんなことしたくないな……!」
足立とはまた別種の、歪んだ感情に満ちた目つき。スバルはただ、檻の隅で震えるしかなかった。
(お姉ちゃん……パパ……助けて)
その時――。
突然、洞窟全体を震わせるような凄まじい衝撃と破壊音が鳴り響く。
「な、なんだ!? おいフトル、調べろ!!」
「ま、待ってよ今……嘘だろおい!?」
奇妙な端末を操作する小太り男は、顔色を青ざめさせていた。
「おい、どうした!? 黙ってないで報告しろ!」
「……ボス前の門番が」
「ああ?」
「ボス前の門番が、今倒された……コメットが、来る」
その言葉に、スバルは目を見開く。姉が来たのだ。すぐそこに。
「ばっ、バカ言ってんじゃねぇぞ!? 百号ダンジョンだぞ! あのギガキングですら突破出来てねぇんだ! 俺らみたいにグリッチ使わない限り、こんな短時間で来れる訳ねぇだろ!!」
「僕がそんな下らないウソをつくわけないだろぉ! ホントに来てるんだよぉ!! ど、どうするんだよ!?」
「あ、あり得ん……! あいつ、マジでマッシブマン以上のバケモンなのか!? く、クソ、すぐに準備しろ、急げ!!」
「わ、分かった!」
バタバタと駆け出していく二人組の男たち。そんな彼らを尻目に、スバルは大きく息を吸い込んで。
「――お姉ちゃん、アタシたちはここにいるよ!!」
大声で居場所を知らせた。
 




