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五十一話 狂乱のエンターテイナー


「……知ってることを全て話せ。何も知らないで、こんな事やる訳ねぇだろ」


 俺は男の襟足を引っ張り、目先に剣の切っ先を突きつける。


「ひ、ヒィ! わ、分かった! 話す! 話すから、それを下げてくれ!!」


 完全に恐怖に染まった男の目を見て、一旦剣を納めた。


『うひょ、こっわwww』

『こんな小さいのにカメラ越しでも分かる迫力よ』

『生意気なガキだ。分からせてえ』

『ならやってみろよ。ヘカトンケイルの腕を止めるようなバケモンを屈服できんならな』


「………」


 コメント機能をオフにする。同じリスナーでもこんなにも差が出るなんてな。


「で、お前は誰の命令でやってんだ?」

「あ、相手は分からねぇよ。いつも顔を隠してんだ。今日はあいつから妙なアイテムを渡されたんだ。魔物を外に連れ出し、コメットを襲えって言われて……その様子を配信しろって命令されたんだよ」

「そのアイテムは何処にある?」

「ポケットの中だ!」


 俺は男のポケットを引っ張り出す。汚い財布やゴミに紛れて、黒い手帳のようなものが出てくる。

 なんだこれは……。


「これか?」

「そ、そうだ! それを魔物に向かって頁を開くと、吸い込めて外に持ち出せるんだよ!」


 そんなアイテム、見た事も聞いた事もない。

 鑑定をかけてみるが――。



【闥宣寔譁�コォ】  危険度: 強度: 希少性: 分類:

鑑定不能


 

 そんなバカな……。

 文字化けしている。鑑定スキルは既に最高レベルにまで強化してあるのに。

 弾かれたにしても、こんな表記にはならない。訳が分からない……。


「おい、お前。このアイテムを寄越した奴は本当に分からないんだろうな?」


 今はなりふり構っていられない。催眠術の一種を言葉に仕込み、改めて問い質す。


「し、知らない! 分からない! 名前だって聞いた事ねぇよ!」

「………」


 嘘をついてるようには見えない。その他、スキルもアラートを発する事は無く沈黙していた。

 だが、これも未知の何かで妨害されているのでは? と勘繰りたくなる。鑑定を無効化にされるのだ、他にも仕組まれている可能性がある。


「質問を変える。俺を襲えって言ってたよな? 何で俺を狙うんだ?」

「そ、それも分からねぇよ! で、でもアンタさ、あのヘカトンケイル殺しのコメットだろ? 裏でも有名だぜ……へへ、う、恨みでも買ったんじゃねぇか!?」


 恨みだと? 確かに異世界では魔王軍からは賞金首にかけられていたが……。

 地球に帰還してからはずっと身を潜めて生きてたし、最近の配信活動でも恨まれるような真似は何もしていない。


「ほら、有名人なんてどんな善人でもアンチコメントとか書かれるだろ? ア、アンタも確かにチヤホヤされてるけど、妬んでる奴は一杯いるぜ! なんせその年で世界中の話題を搔っ攫ってんだからよ!」

「………」


 ……有名税か。さっきコメントも明らかに俺に害意を持った奴らばかりだった。


「……下らねえ」


 俺が何の苦労もなく、この強さを得たと思ってんだろうか?


 炎で焼かれた事はあるか?

 顔を水に覆われ、窒息しかけた事は?

 氷柱に腹をぶち抜かれたか?

 風の刃で手足を吹き飛ばされ、ダルマになった事は?

 

 首を絞められた事はあるのか?

 後ろから信じてた親友に裏切られ、斬られた事は?

 

 何度、俺が死にかけたと思う? 

 何度、気が狂いかけたと思う?


「……まあ、良い。じゃあ次の質問だ。この静けさは何だ? 何をした?」

「そ、それは――」


「それについては、俺が教えてやるよ」


 ヒュ――、と投げナイフが背後から飛ぶ。

 そのナイフは男の喉仏へ、寸分違わずに吸い込まれ突き刺さった。


「ガ、アガ……!?」


 鮮血が噴き出し、男はガクガクと痙攣し始める。口からも血が零れ、服と地面を赤く染め上げた。回復魔法をかける間もなく、何度か震えて静かになった。


「……誰だ、お前は」


 俺は振り返る。空虚な笑みを浮かべ、立っているのはさっき出会ったオッサンだった。しかしその瞳はどす黒く澱んでいる。


 ……操られているな。


「俺か? 俺は、そうだな。エンターテイナー、とでも名乗っておくか」


 操られたオッサンは芝居がかった所作で両手を広げる。


「こう見えても昔は有名人だったんだぜぇ、俺はよ。だからこうして戻ってきたんだ。なのにどいつもこいつも俺の事を忘れてやがる。そんなのはぜってぇに許さねえ!」


 癇癪を起した子供のように地団駄を踏むオッサン。正気を奪われているとはいえ、こんな幼稚なアクションをさせられて可哀想だ。


「だから、これは俺の再デビュー配信だ。愚民共に思い出させてやるのさ、この俺の姿をな!」

「……ヘカトンケイルや青の洞窟の死亡事故もお前の仕業か」


 このドローンはヘカトンケイルの死骸から見つけたのと同じ型だった。シリアルナンバーのない非正規品。


「その通り。でもアレは微妙だったな。お客様は喜んだが、すぐに飽きてしまった! 俺が欲しいのはお客様が発狂し、熱狂するくらいのエンターテイメント!! 人が死んだり、初級の配信者が下層の魔物に襲われるだけの内容じゃ刺激が足りねぇんだよ!!」


 恍惚と語るその目は完全にイっていた。こんなに極まってる奴、異世界でも見たことが無い。


「だからこの企画を考えたのさ!! 街中で魔物を解き放ち、今人気絶頂の配信者コメットを襲わせる!! どうだ、最高にファンタスティックでファナティック!! 狂おしいほどのルナティックだろ!?」


 理解不能だ。いや、理解したくもない。頭のネジをここまで投げ捨てると、完全に狂うんだな。


「お前……イカれてんのか? 人が死んでんだぞ? これはもうテロ行為だ。魔物を地上に呼び出してまでやる事か?」

「ああ、そうだ。イカれてる? 何を今さら。イカれてなきゃ、ダンジョン配信なんて出来ねぇだろ? テメェもギガキングもみーんな、狂人さ。金のために命張って魔物と戦うんだからよォ!」


 オッサンは高らかに哄笑する。

 確かに俺は金のために始めようとしたが、それだけが全てじゃねぇだろ。

 だからと言って何をしても良いと思ってんのか?


「主語がでけぇんだよお前は。誰も彼もがお前と同じだと思うな。それに、仮令狂っていても何の免罪符にもならねんだよ。お前はただ自分の犯罪を狂気で正当化したいだけだろ」

「ハッ、なら別にそれでいいさ。俺はお前と正気論争するために来たわけじゃねぇんだ」


 ニィっと笑みを深めた。


「この街の静けさを知りたいんだろ? 安心しろよ。みんなグッスリ寝てるだけだ――お前の家族以外は、な」


 今……、コイツは何て言った?

 俺の、家族以外は?

 スバルや父さん、母さんに何かしたのか?


 一瞬で頭に血が上り、青筋がビキリと音を立てて浮き上がった。俺は剣を抜く。


「おっと、この身体は無実の人間だぜ? まさか有名配信者様のコメットが殺人を犯すのか?」

「………」


 俺は必死で暴走する殺意を抑え込む。

 まだまだ、青いな……。あんな挑発に乗りかけるとは。


 どんなにキレても、我を失うな――。


 戦士がかつてくれたアドバイスを思い返し、冷静さを取り戻す。


「……俺の家族に何をした?」

「さーな。気になるなら早く帰れよ、コメットちゃん」


 クスクスと笑うオッサン……の背後にいる存在を見据えて、俺は全開の殺気を放つ。


「――分かった。お前が俺の敵だって、よーく分かった」

「……っ!」


 初めてオッサンが狼狽したように後退した。


「お前、潰すわ」


 どこに居ようと、必ず追い詰め。

 この手で終わらせてやる。


「――ッ、ッ! は、つ、強がりを! 良いぜ、来てみろよ! 俺は富士山の百号ダンジョン……氷風大樹海の最下層にいるぜ! 未だ、踏破者なし! ギガキングすら半分も進んでない日本最高難易度のダンジョンで、テメェを歓迎してやるよコメットォ!!」


 明らかに怖気づいているが、虚勢を張って怒鳴るオッサン……に憑いたクソ野郎。


「楽しみだなぁ!! クハハハハァ!!」


 身体から黒い靄のようなものが抜けていった。途端、オッサンはバランスを崩しかけて踏ん張る。


「わっ、え? え? わ、私はここで何を……? 確か、警察に電話して、あ、君――ってうわぁ!?」


 男の死体を見て腰を抜かすオッサン。


「……このドローンに今までのやり取りが全て入ってます。警察に渡して下さい。悪いけど、俺は行かなきゃいけないので」

「え、ちょ、君!?」


 巻き込まれっぱなしのオッサンに申し訳なさを感じつつも、後処理は任せて俺は家に向かって走り出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 忘れられたくないなら自分の顔出せや!!
[一言] 主人公の殺気にビビってる時点でお察しw
[一言] ちっさw かなりの強者っぽいのに安っぽく薄っぺらい小物に見えます。 明日には潜りに行ってぶんなぐって解決しちゃいそうw
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