四十八話 ヒミツの絶景
六十三号ダンジョンに到着後、サツキが配信をスタート。ただし今回は限定配信。お気に入りのヒミツの場所、という事で古参のリスナーさんに向けてのサプライズだ。
スバルと来た時は配信してなかったので、今回が初公開になる。
このダンジョンは平凡な洞窟型のダンジョンだ。しかも階層は地下一階のみで、出現するのはスライム系統のみ。唯一、特徴的なのは天井の至るところに吹き抜けのような穴が開いており、外の世界が覗き見える事だろう。
「ぱっと見、何の特徴もないダンジョンだけど、どうやって見つけたんだ?」
俺は青色のスライム、赤色のブロブ、緑色のウーズ、黄色のゼラチンと言った不定形生物の群れを蹴散らしながら訪ねる。
こいつらのコアはアイスにすると美味いので忘れずに回収。
「探知系、探査系のスキルを壁や床に集中させると、もしその奥に空間がある場合薄っすらと見えてくるの。ボクは最近、そうやって隠し部屋や隠し通路探しをやってたんだ」
身を屈め、砂地の痕跡を観察していたサツキは振り返る。物陰に隠れていたスライムに向け、指先で弾いた小石で撃ち抜く。
「隠された場所ってロマンがあると思わない?」
「分かるわ。良いよな。前人未到の場所って」
異世界は大都市こそあっても、その数倍は未開の土地だった。道なき道を進み、絶景を探し当てたり、朽ち果てた遺跡を見つけてロマン主義的な気分に浸ったものだ。
「入り口はこっち」
邪魔になる魔物を一掃したので、再び洞窟を進んでいく。
端っこも端、観光目当ての人間でも近寄らないようなダンジョンの最果てまで来るとサツキは足を止めた。
「ここだよ」
サツキは足元のすり鉢状に凹んだ岩に、傍らに置いてある丁度スッポリ収まるサイズの丸い石を乗せた。
ゴトン、と何かが押し込まれる音がして目の前の岩肌が自動ドアのように左右へ、割れ始めた。
扉が開くにつれ、青白い月光が差し込んでくる。サラサラと水の流れる音や木の葉の葉擦れの音も聞こえてきた。
「ようこそ、ここがボクのお気に入り」
サツキに促され、俺は扉を潜り抜ける。心地よい夜風が吹き抜けていく。
生い茂るのは色鮮やかな草花。人の手が入っていないのに、まるで最初から整えられたかのように綺麗に生え揃っている。周囲の岩からは清水が小さな滝を作って流れ落ち、小さなため池へ続いていた。
池の周りではホタルのような小さな虫が星のような瞬きを発し、ゆったり飛んでいる。
天井部分の岩はポッカリと穴が開いていて、そこから夜空とみなとみらいの夜景が一望できた。
「………」
俺は言葉もなくその光景を魅入っていた。横浜の中心地でこんな自然豊かな空間があるとは……。
「どう?」
サツキが俺の隣に座る。
「最高だ」
「良かった」
什匣系のスキルを持たないサツキは、魔法のポーチを持っていた。そこから鍋やミニかまどを取り出し、準備を始める。
俺もそれを手伝い、鍋に水を汲み、指先に灯した炎でかまどの薪に点火。真空パックされたハンバーグを浸ける。あとは煮込むまで待つだけだ。
「……サツキって、どうしてこういう場所を探してるんだ? ロマン一筋なら探検者の方が楽じゃない?」
殆どの人は配信者を選ぶ。金儲けや名声を欲してやる人もいるし、あるいは少なくても仲のいいリスナーさんたちと交流したくて配信する人もいる。
だが中にはひたすら冒険に全てを捧げる人々もいた。配信は一切やらず、ただ黙々とダンジョンに挑んで開拓する者――そういった志を持つ稼業は『探検者』と呼ばれている。
「ボクもダンジョンがこの世界に生まれた直後は、ただの探索者だったよ。冒険家のお父さんと一緒にダンジョンに潜って、そこで見たことのない光景を写真に収めていた」
無名だけどね、とアークは付け足した。
「でもドローンの技術が発展して……ステラ・スフィアーズが配信特化の撮影ドローンを生み出してからは、景色をありのままで届けられるって父さんが意気込んじゃってさ。配信者として活動するようにしたんだ」
「そうなのか。でも今は親父さんと配信はしてないのか?」
俺の問いかけにサツキは目を伏せた。
「ある日……魔物に襲われて、それっきり」
「……悪い。マジでゴメン」
「良いよ、気にしないで」
沈黙が降りて、パチパチと薪の弾ける音とせせらぎの音だけが聞こえてくる。
「――その時なんだ」
「え?」
「プレちゃんと出会ったの」
父親を食い殺した魔物が更にサツキを捕食しようとした時に駆け付けたのが、スバルだという。
颯爽と躍り出て、振りかざした剛腕で殴り飛ばし――、「大丈夫?」と。
「……あいつらしいな」
時期的には俺を探してダンジョンに通い詰めてた頃だろう。
「暫くたってから、お父さんの夢をプレちゃんに話した時『じゃあアタシと一緒にやろうよ! 星のように天高い場所で輝けば色んな人たちに見て貰えるハズ』ってね。それからステラ・スフィアーズでの活動が始まったんだ」
俺を探すだけでも手一杯だったのに、あいつは目の前の人を助けようとした。そして助けた。
……血は争えないな。俺も異世界に行ったばかりの時はホームシックでどうしょうも無かったのに、魔物に襲われた街を助けに向かったんだっけ。
見栄とか、報酬とかじゃない。ただひたすら、助けに行かなきゃって考えていた。自分に戦う力があるのなら、見捨てる事なんか出来ない、と。
「まあ、この話の面白い所は他の配信者たちも絶景を見せるチャンネルを作り始めて、いつの間にかボクの夢は叶っていたってトコロかな」
サツキはクスリと笑い、俺もつられて少し笑ってしまった。




