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四十七話 夏休み



 今日からスバルとサツキの通う学校は夏休みになる。日頃から持ち物を分別して持ち帰っていれば、終業式当日は身軽に帰れるはずだったが……。

 この妹は登山客のような大荷物で帰ってきた。育てている野菜の鉢、道具箱、体操服の袋、教科書、リコーダー、習字道具、ソーイングセット、理科の実験道具etc……。


「だから少しずつ持ち帰っとけって言ったのに」


 畳に大の字でダウンするスバルに俺は扇風機と団扇で涼めてやる。


「だ、だって……つい忘れちゃって……」

「はいはい。しっかり休みな」


 俺がバサバサと扇いでやると、前髪がブアサァっと跳ね上がった。


「あー、涼しい。ついでにこっちも」


 スカートの裾を掴んでパタパタし始める妹。パンツが丸見えなんだが、少しは恥じらいを覚えたらどうだ? 学校でもこんな調子じゃないだろうな……。


「あらあら、そんな格好で……」


 何かの用紙を手にした母さんがやって来る。何だろう、何故か寒気が……。


「ところでスーちゃん、通信簿見たけど……体育は文句なしの5ね。流石お父さんの子供だわ」

「えへへ! 凄いでしょ。男子なんかに負けないもんね」

「でもぉ――」


 ゾクリ、と冗談抜きに室温が下がった。


「数学1、国語2、社会1、理科1、英語1はちょーっと、酷すぎるんじゃないかしら……?」


 寝ころんだ状態から爆速で正座に移行したスバルは、今度は滝のような冷や汗を流しまくっていた。母さんの目は全く笑っていない。何故か俺まで怒られているような気分になり、正座してしまう。


「いや、あの、それはぁ……、少し調子が悪くて……アハハ」

「配信やるのは良いけど、勉強も疎かにしちゃダメって言ったわよね?」

「……はい」

「サツキちゃんはどうだったの?」

「オール5、でした」

「配信の頻度もスーちゃんと同じくらい、だったわよねぇ?」

「……はい」


 母さんは怒鳴ったり、手を上げたりはしない。こちらの意見を大事にして、まずは話を聞いてくれる。

 だけど約束を破ったり、悪いことをしたりすると……こうやってひたすら理詰めで〆てくる。


「ご、ごめんなさいっ。夏休みの間は、出来るだけ勉強と宿題するから……お姉ちゃんやサツキちゃんに教えてもらうから!」


 え、俺!?

 俺だって理系は壊滅的な成績だぞ……。


「良いわ。でも、適度にやりなさい。根詰めても力にならないからね。配信もちゃんと続けなさい。あなたのファンは沢山いるんだからね」


 フッと母さんは表情を和らげた。氷点下の空気が夏の暑さを取り戻し、セミの鳴き声が思い出したかのように聞こえてくる。


「は、はい……」

「じゃ、私は買い物に行ってくるわね」

「い、いってらっしゃい」


 母さんがいなくなると、スバルは長い息を吐いて両足を投げ出す。


「はぁぁぁぁぁぁぁ~……こ、怖かったよぉ~」

「マジでな。てか、俺はお前に勉強教えるの無理だぞ」

「え? どして?」

「俺の成績も似たようなもんだっただろ」

「良いよ良いよ! 何となーくでいいからさ! むしろ100点満点だったら先生に怪しまれるし、その点お姉ちゃんはおバカっぽい感じに間違えてくれるから」

「……どういう意味だ? それ」


 人に教えを乞う態度ではないので、俺は拳で妹の頭を軽くグリグリしてやる。


「アイダダダダダダ!? ぼ、暴力はんたーい! ア、アタシの脳細胞が死滅するっ」

「どうせ空っぽなんだから問題ない。大丈夫だ」

「そ、そういう問題!?」


 家の中にスバルの悲鳴が木霊した――。




 時は過ぎ、夕暮れ近く。

 ぼんやりとスバルとテレビを見ているとピアスから声が聞こえてきた。


『今、近くまで来た』

『分かった。外出るよ』


 俺は立ち上がる。


「あれ、お姉ちゃん、出かけるの? 九時から金ローだよ? 今週はプレ○ターだってさ!」

「サツキと出かけてくる」

「……サツキちゃんと? ふーん、へぇぇぇ」

「何だよ」

「べっつにぃー」

「まーた拗ねてんのかお前は」

「拗ねてないもん」


 ソッポを向く妹。


「この前、約束したんだよ。サツキが秘密の場所を見せてくれるって」

「あ、それ? なんだ、それならアタシはもう見たよ。うん、お姉ちゃんも一度見てきなよ、一生の思い出になるからさ! いってらっしゃい!」

「……ああ、いってくる」


 コロコロ態度が変わるが、そんなに俺がサツキといるのが嫌……って感じでもないよな。

 本気で嫌がるなら喧嘩になるだろう。何と言うか、嫉妬に近いものがある。


 妹心ってやつは難しいもんだ。今度母さんに相談でもしてみるか? 


 がらりとふすまを開け、玄関へ。いつものワークブーツに履き替えると外に出た。

 雲一つない鮮やかな夕焼けが広がる。夕立の心配はないだろう。


『こっち』


 止まれ、と書かれた道路の先でサツキが懐中電灯を振って立っていた。片手には紙袋が握られている。


「よっ」

「ん」


 軽く手を上げて挨拶し、歩き出す。


「その紙袋は?」

「向こうで一緒に食べようかなって。ハンバーグ。お金はいらないよ」

「え? でも」

「ボクの奢り。付き合ってくれたお礼」

「そっか。ありがとうな」

「うん。じゃ、行こう」


 サツキの足は住宅地へ向いていた。この先にあるダンジョンとなると……、六十三号ダンジョンか? 初心者向けだが、みなとみらいの摩天楼を一望できると一部で有名な隠しスポットになる。


「一体何を見せてくれるんだ?」

「え? それはね、まだ……ヒ、ミ、ツ」


 サツキはいたずらっぽく笑った。

 


 

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