四十五話 グリッチャー
「うぐぐぐ、何てことですか……私が負ける、とは――なんて、言うと思いましたか?」
トランプカードが乱舞する。竜巻のように渦を巻きながら、天高く飛び去って行く。
「残念でしたね! ジョーカーはもう一枚あるのですよ! 今日はこの辺で引くとしましょう。ではごきげんよう――」
「もしかして、これですか?」
クインは結晶のようなものを掲げて見せる。中には一枚のカードが閉じ込められていた。
「なぁ!?」
「あまり、私を見縊らない方が良いですよ? こう見えても私、世界でも有名な魔法使いなんですよ。弱点のカードを見破る魔法くらい知ってますから」
「か、返しなさぁぁぁい!!」
トランプカードがクインに向かって押し寄せるが、間に合うはずもなく。
結晶の中のカードは拉げ、磨り潰されていった。
「――!! く、くく! 胸がデカいだけの牛女と思ってましたが、油断しましたね!」
しかし! と異形頭は続ける。
「三枚目があるのですよ! あなた方では見つけようがないでしょう! 何故なら私もどこにあるか分からないくらいの――、あら?」
ひらひらと群れ飛んでいたカードが一斉に動きを止めた。そして重力に引かれるように墜落していき、地面に散らばっていく。
「な、何故でしょうか。ち、力が全く……」
辛うじて顔の部分だけを生成し、這い回る奴の鼻先にギガキングの足が立ちはだかった。
「……な、なるほど……あなた、でしたか」
目の前に落とされた真っ二つになったジョーカーのカードを見て、異形頭は観念したように仰向けに寝転ぶ。
「む、無念です。よもや勇者どころか……ハイシンシャなどというただの人間風情に、この私が……」
「甘く見過ぎたな。俺たちが闇雲に戦ってるだけだと思った時点で、お前の負けは決まっていた」
最早、死人も同然だが俺は容赦しない。胸倉を掴み、引き起こす。
「死ぬ前に答えろ。何故、俺の事を知っている?」
「アハハ、そりゃあ、知ってますよ。私たちは光と闇の狭間で生まれし者。闇の魔王ベアケル・フライシュマンも光の勇者ホウキの事もよーく知ってますよ」
「……お前は、何者だ?」
胸倉を掴む手が震えそうになるのを必死で抑える。
「一ツだけ、教えましょう。特別に、教えましょう。愛しいあなたへの手向けに」
異形頭はグイっと顔を近づけ、俺の耳元で一言。
「私たちは欠陥構造体。バグによって生れ落ちた、バグを生み出すものです」
俺は胸倉を放し、突き飛ばす。クインが驚いたように俺を見つめるが、答える余裕は無かった。
「私の方こそ、あなたに聞きたいのですがね……。何故、あれだけ煽られてもなお、あなたはエクストラスキルを使わなかったのですか?」
エクストラスキル。対魔王用の決戦戦術。こいつには嫌な思い出しかない。
「あなたが弱点を見抜き――、いえ今は〝フィンの一撃〟でしたか。それを使えば、私のような木っ端など瞬殺できたでしょう」
奴の言う通り、それを使えば視ただけで即死……距離や匿名性なんて意味をなさない。このスキルは相手の弱点を見破り、一撃でそれを見抜く魔眼だ。弱点が無い存在でも、強制的に弱点を付与させて破壊するという、狂った性能を持つ。
だが、このスキルは俺の意思で起動するほか、自律して機能する受動的な側面も兼ねる。相手からの些細な敵意にも容赦なく反応し、作動する。
それこそ日常的なやり取り……本当に小さな反感でも、コイツは過剰に受け取るのだ。
異世界では聖女が幾多のサポート魔法を重ね掛け、感情を欺瞞していたが現実世界ではどうなる?
ストレス社会とも言える実社会で、アンチ的なコメントが平然と投稿されるネット世界で、こいつが暴走したら? 何ならジョークでも良い。Fワードでも内容次第では相手を褒めるスラングになる。
こいつはそんなウィットや文化など理解しない。待っているのは大虐殺だ。
だから俺は封印したのだ。厳重に、慎重に。魔法使いと、聖女と、七人の大賢者の力を借りて。万が一にも、漏れ出さないように。
「エクストラスキルは二度と使わない」
リスナーさんがさっき茶化して地球が壊れると言っていたが、それが冗談じゃなくなる。異世界でも全てのスキルを解放して戦ったのは、魔王との最終決戦場……完全な異空間にいた間だけだ。
「そうですか。そんな甘えた考え、いずれ改める時が来るでしょうがね。他の方々は、私ほど優しくはありませんよ」
ザア、と奴の頭がトランプカードになって崩壊していく。今まで違うのは、そのカードさえも文字列になって虚空に溶けるように消えていく。
「ッ、まだ消えるな! お前は何が目的だ!? 何でこんなバグった世界を作る!? ヘカトンケイルを呼んだのもお前の仕業か!? 他に仲間は――」
再度胸倉を掴もうとした手を、クインが止めた。彼女は首を横に振る。
もうこいつに物を語らせるだけの余力は無かった。
「主よ、私はここまでのようです。さようなら、さようなら――」
ドフン、と断末魔のように頭が大量のトランプカードに変わり、大空へ散っていく。最後の一枚が完全に消えゆくまで俺たちはそれを見守っていた。
逆ランドマークタワーの地下七十階へ戻る。
「……閉じたな」
ギガキングがまた椅子を投げつけるが、今度はしっかり地面にぶつかって砕け散った。
特異性落下世界は作っていた主が死んだせいか、すぐに崩壊が始まった。罅割れ、倒壊する建造物。
逆さまに生えるビル群も上から降り注ぎ、俺たちは武器や魔法で凌ぎながら脱出する。
「なんか……凄い、色々ありましたね」
「そうだな」
言葉なく突っ立つ俺に、ギガキングは歩み寄る。
「俺もクインもお前の過去を詮索するつもりはないし、あの場で聞いたお前に関する事は全て忘れよう。お前は配信者のコメット。それだけだ」
今はその気遣いがありがたかった。根掘り葉掘り聞かれても、うまく説明できる自信は無いから。
「ありがとう」
「……クイン、配信を再開するぞ。リスナーたちを待たせ過ぎた」
「あ、はい! コメットさんも宜しいですか?」
「うん」
俺は配信を再開したが、終始上の空だった。




