四十二話 アノマリー、再び
逆ランドマークタワーの最下層、地下七十階。地上のランドマークタワーだとスカイラウンジのレストラン部分だ。構造も全く同じだが、例に違わず逆さまになっている。
「既にボスと門番のヘカトンケイルは討伐済みだ」
そう言うとギガキングさんは部屋の真ん中へ歩いていく。傍に落ちている壊れた椅子を手にすると、床に向かって投げつけた。通常ならぶつかり、壊れるだけだが――椅子はそのまま床を透過する。サツキがかつて落下した時と同じ現象だった。
「わ、私も動画で見ましたが……本当に奇妙ですね」
近づいたクインさんも慎重に突き抜ける部分を観察している。何度見ても正常な箇所との違いは分からない。
「俺たちは今からここに降下する。君も来るか?」
「キ、キングさん! 他の事務所の子を巻き込むのは……」
「……はい。行きます」
あの世界は、異世界とも関りがある可能性が高い。ならば俺の管轄になる。
「大丈夫ですか? あなたが強いのは知っていますが……」
「はい。ステラ・スフィアーズも把握してるので、そちらに迷惑はかけません」
「……分かりました。行きましょう」
『やべえ、国内のツートップにコメっちゃんとか史上最強だろ』
『でもあの空間って電波届かないよな? アークちゃんの時もそうだったし』
『あー、じゃあ三人の活躍は見れないのか!』
『カメラの録画機能は生きてるはずだから、動画としてなら残せるんじゃね?』
「録画は続けるので、後で探査の様子は上げます。配信は一時的に切れますが、暫くお待ちください」
俺たちは落下個所の端に立つ。
「行くぞ」
そして足を踏み出した。
前回は暗闇の空間を落ちていったが、今回は上の方は黄昏時のような薄明りに包まれていた。しかし下を見れば真っ黒な虚空が広がっている。
……いつ見ても薄気味悪く、生理的に受け付けない光景だ。どこを見ても何もなく、空っぽの中を落ち続ける。人間の原始的な恐怖は未知の物だというが、確かにそうだと思う。
クインさんも不安げに杖を抱き締めてるが、ギガキングさんは腕組したまま表情一つ変えない。
やはり自衛隊経験者だからだろうか。肝が据わっている。
「出口だ。クイン、着陸準備を」
「は、はい!」
虚空の先に小さな白い点が見えてくる。
その点はあっと言う間に白い光を漏らす穴となり、俺たちは虚空の底を通過した。
「……!」
目に飛び込んできた光景は、無数の摩天楼が聳え立つ世界。横浜のみなとみらいや新宿新都心とどことなく似ているが、それらビル群が空にも存在し、逆さまになって乱立する様が決して現実のものではないと物語っている。
「空気よ、御坐となり我らをかき抱け!」
足元から全身にかけ、風のようなものが包み込んでくる。同時に落下スピードが緩やかに減速していった。
地表に降り立つ頃には花びらが舞い落ちる程度の速度になり、難なく着地。
「……面妖な世界だ」
周りを鋭い眼光で睥睨するギガキングさん。俺も倣い、辺りを見渡した。これだけの大都市なのに人の気配も、鳥の囀りも、虫一匹すらない。どこを見ても摩天楼が果てしなく左右に広がり続け、遠くの方は霞んでいる。ビル風の吹く音だけが唯一の音源だ。
(そしてここでもマナを感じる。前と一緒だ)
俺は什匣からこの前の装備一式を用意、瞬時に着衣する。
月夜の兜ヒルデグラム。
太陽の鎧ウィガール。
星海の篭手ウラノメトリア。
彗星の鉄靴セブンリーグブーツ。
そして……聖剣バルシュヴァリオン。
最強の装備、最高の組み合わせ。
「それが君の本気か」
俺の姿を見て、初めてギガキングさんが笑った。今までの険しいものを一掃するような、好青年然とした微笑だった。
「はい。この世界のマッピングも……今終わりました。ボスらしきものもいます」
兜の面頬を下ろすと、すぐに解析が始まる。広大に入り組み、空間すらねじれて行く手を阻むこの世界を丸裸にする。
あちこちに潜伏する敵も全て洗い出され、的確に輝点が描画された。特に強い存在はより大きな輝点で表示される。
「よし。まずはそのボスを目指そう。あとコメット。敬語はいらん。強者同士にそんな礼儀は不要だ。君も敬語は苦手だろ」
「え? ……分かっちゃいましたか?」
言い当てられ、若干砕けて返す。礼儀とマナーは当たり前だが、苦手なものは苦手だ。もし気にしないと言うのなら、遠慮なくタメ口になるが……。
「なに、俺もそうだからな」
「ハハ、じゃここから先は無礼講で」
「それでいい。クインも普通に話せと言うんだがな」
ギガキングはチラリとクインさんを瞥見した。
「わ、私はこの喋り方が板についてますから。だから構わずに私にもキングさん同様、気安く話してください。そっちの方が話しやすいですから」
「ん、分かったよ」
こんな見た目だけど高校生だしな、俺。異世界に行った時は一年生だったので、ちゃんと通っていれば三年生になる。
クインは高校一年らしいから最初からタメでも問題ないと言えば、問題ないだろう。ただし事情を知らない側からすれば、生意気な子供に映るだけだが……。
「ボスはこっち、だね」
俺は二人を先導して歩き始めた。




