四十話 俺、やりすぎちゃいました
杖の威力も鑑みて、俺が実験場に選んだのは逆ランドマークタワーだ。ヘカトンケイルの事件のせいで一時的に封鎖されたが、今はもう解かれている。
建前では安全性が確保できたから、となっているが原因は判明していない。だからと言って、日本の経済を救ったダンジョンを閉ざしたままでは損失が出る。
配信者側も潜れないと不満が噴出するし、多少の危険性の無視は止む無し……が政府の見解だろう。
「……よし、配信開始」
ドローンが飛び上がる。
リスナーさんも杖の効果が気になると思い、実験は簡単に中継しようかな、と。
『いきなり通知着てビビったぞ』
『まさかの平日に配信!? 仕事してる場合じゃねえ!』
『コメっちゃん、もう夏休み? おじさん羨ましいなぁ』
『ワイニート、暇してたから助かる』
『昨日に続いて配信か。身体は平気? 疲れてない?』
「皆さん、こんにちは~。平日の配信になってすみませんが、昨日の杖が完成しました! 今回はそのお披露目をしようと思います!」
俺は背負っていた杖を見せた。今までの定位置を奪われた剣は腰に佩いている。
『お、完成したのか!』
『デカい杖だな。鈍器か?』
『幻のレアドロだろ? 凄まじい効果があるはずだぞ』
『wktk』
タイミングよく、スカヴェンジャーもワラワラと集まり始めている。あらゆる攻撃で増殖するこいつらを一発で滅ぼしたら間違いなく一級品だ。
果たして、どれほどか……。
「この杖には四つの付与スキルがありました。常時、魔法反射状態になるのと魔力自動回復はあんま関係ないので、今回は省きます」
『サラっと言ってるけどとんでもないスキルで草』
『魔力オート回復ってwww魔法使い系配信者、垂涎のスキルだぞw』
『常時魔法反射ってなんだよ。最高品質の強化アイテムでも一時的なんだが?』
『もう既にお腹いっぱいですw』
『やっぱりぶっ壊れか。コメっちゃんに相応しいな』
まずは一つ目のスキル、魔法階級増(特大)を確かめる。
威力増大系のスキルとは違うようだが……。
「魔法の基礎中の基礎、焼球に魔法階級増(特大)というスキルを使い、あのスカヴェンジャーに打ってみます」
こういうのは初歩的な技で試すのがベストだ。一番弱いスライムに火傷を負わせる程度の魔法だが、さあ……どうだ?
「熱き緋よ、虚空を飛べ! 焼球!」
杖の先端に火球が生まれる。大きさは精々、あの有名な配管工と同じくらいなのだが……。
「え?」
『は?』
『!?』
『ちょ、え!?』
『これが、焼球……?』
『やだなぁコメっちゃん。うっかり最上級の炎魔法を使っちゃったの? ……そうだと言ってくれ』
その火の玉はどんどん成長し、光冠のように色彩を変化させる。
最早、これは焼球ではない。炎属性最強の魔法、焱天下の熔熄だ。
「魔法階級増って……そういう事か」
発動させた魔法のレベルを上げるのだろう。更に俺の場合、〝特大〟とあるのでどんな位の炎魔法でも最上位の焱天下の熔熄へ変換されてしまうのだ。しかも魔力の消費は発動した魔法のまま……つまり、焼球の魔力で打てるって訳だ。
「こりゃあ……」
今や余りの威力で轟々と風が吹き荒れている。これぶっ放して、ダンジョン大丈夫かなぁ? ダンジョンの壁や床は頑丈で何があってもまず壊れないし、壊れても気づいたら直ってるくらいの特性があるけど……。憂いを絶つためにも備えはしておくか。
「では、撃ちたいと思います!」
スカヴェンジャーに向け、極大の火球を投射。弾速は非常に緩やかに見えるが、大きすぎるせいだ。
まるで小型の太陽が降って来たかのような強烈な光を放ち――着弾、爆発。
赤色の光が視界を埋め尽くすが、俺の目はスカヴェンジャーが跡形もなく溶解していく様を見届ける。
それでもなお衰えぬ爆撃は周囲のものを悉く飲み込み、砕き、莫大な熱量で消し去っていく。際限なく爆心地を押し広げ、地下一階全域を焦土にしそうな勢いを感じ、俺は打ち消すための水属性魔法を使おうと身構える。
だが、流石に無制限に燃え続けるエネルギーは無いのか、徐々に火勢は鎮火し始めた。真夏の日差しよりも苛烈な光もやっと消滅し、惨状が露になってきた。
「スカヴェンジャーは全滅したみたいです。ドロップ品の魔石も燃え尽きました」
周囲一帯は真っ黒に焼け焦げている。何も残ってない。瓦礫すら溶けてしまったようだ。
『魔法じゃなくて魔砲だな!』
『人いなくて良かったねぇ……』
『核兵器だろこんなんw』
『いくら炎系最上位でもこうはならんよ』
『だよな!? クインの本気でもここまで焼けないわ』
『火竜のドラゴンブレスよりヤバくねぇかこれ』
『はいはい、さすコメさすコメ』
『さすコメって何?』
『流石コメっちゃんの略』
俺、やっちゃいましたねぇこれは……。
「あの、皆さん。もう一つ確かめたいスキルあるんですけど……」
『や め ろ』
『地球が壊れたらどうするんだ!w』
『リアル日本沈没クルー?』
『絶対試すなよ!? 試すなよ!?』
『もう災害か何かだよww』
『俺の会社の地下でやってくれ』
案の定、全力で止められてしまったのでどうしようか悩む。
流石に地球を壊すなんて荒唐無稽すぎるが、日本沈没は……あり得るかもしれない。
もちろん安全策はありますよ、そりゃ。
「うーんじゃあ、どうしましょうか。このまま最下層まで行って、ヘカトンケイルにお礼参りでもしましょうか。プレアデスに酷い事してくれましたからね。何なら出現場所にしばらく滞在して狩り続けるのも」
『ヘカトンケイルさん逃げて、超逃げて!!』
『まだ許してなくてワロタw』
『そりゃ妹を傷つけられたらキレるわな』
『魔物の復活狙って狩るテクはあるけど、ボス門番をリスキルするのは斬新すぎて草』
なんやかんや、あれこれとリスナーさんたちと話していた時だった。
「……っ」
俺は魔力の気配を感じる。
これは……移動系魔法の反応?
不意に目前の空間が湾曲し、ワープアウトの兆候が出る。
危険を感じて一歩引いたと同時だった。
「わ、わ、わわわぁッ!?」
ドゴォ! と何者かが弾丸のように飛び出し、派手にズッコケる。
その際、あまり長くもないスカートがまくれ上がって、モロ見えになった。
俺は視線を逸らし、ドローンのカメラも遮る。……彼女の名誉のためにも。
「い、痛ぁ……うう、なんで私、未だにワープがこんなに下手糞なんだろう……」
起き上がったのは黒髪の少女だった。片目が隠れ、いかにもなトンガリ帽子と杖。そして配信ドローンが遅れて追従してくる。
この人……確か。
彼女の姿には見覚えがある。ギガキングと同じ事務所に所属し、猛者の中の猛者。
俺も幾度となく名前だけは聞いてきた配信者。
国内ランク2位のクインだった。




