三十八話 配信を終えて
「みんな、今日はありがとうね!」
「これからもよろしく」
「次の配信もまた来てもらえると嬉しいです」
『楽しかったぞ』
『次の配信のためにまた生きるわ』
『乙!!』
『今回は過去最高の配信だった・・・ありがとう』
夕暮れになり海岸からも人気が疎らになった頃、今回の配信は終了した。水着、俺のデビュー、アークの復帰記念という盛り沢山の内容だったが、無事に終える事が出来てほっと一息ついた。
「長時間の配信お疲れ様でした」
宇佐美さんが労いの言葉と共に、スポーツドリンクを振舞う。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って受け取り、口に含む。冷たい爽やかな風味が、達成感のお陰で一段と美味しく感じた。
「お姉ちゃん、今日の配信の感想はズバリ?」
スバルがペットボトルをマイクみたいに持ち、俺に突き出してくる。
「色々あったけど、楽しかったよ。またやりたい、かな」
リスナーさんと話すのも、妹とサツキで騒ぐのも最高だった。こんなにも心の底から笑えたりするんだなって。
「次はボクとコラボ配信だね。ホウキちゃんに見せたい場所があるから」
「そうなのか?」
「うん。絶対、気に入ってくれると思う」
それは気になるが――、スバルを見ると案の定対抗心をむき出しにしている。
「ううー、お姉ちゃん。次はアタシとやるんだから!」
「駄目。この前、逆ランドマークで一緒にやった……お姫様抱っこもしてもらってた」
今度は何処か悔しげなサツキに、目ざとくスバルはドヤ顔に切り替えた。
「羨ましいでしょ? アレはアタシだけの特等席だもんねっ」
「お前、外出たら顔真っ赤で降ろしてって言ったじゃないか」
「あの、それは……流石に人目があると」
思い出したのか、少し赤面して目を泳がせるスバル。バツが悪そうに左右の人差し指を胸の前で突き合わせていた。
「ボクは人目は気にしないよ? 今やって欲しいな」
「!?」
「何故そうなる?」
サツキの発言に妹は目を剥く。
「う、じ、じゃあアタシも! アタシもやって!」
「……やるとしても順番に。車の所までだぞ」
またおかしな流れになってきたが、どうせもう帰り支度をするのだ。二人も一緒に運んでしまった方が楽だろう。
俺としてもあの時は不可抗力というか、落ちてきたスバルを抱き止めるためにやっただけで、こうやって素面でやるのは……小っ恥ずかしさがあるけど。
「ほら、じゃあサツキからな?」
俺はひょいと抱き抱える。
「……わあ! これが……初お姫様抱っこ」
「こんなムードの欠片もないシチュエーションで良かったのか?」
「うん。ホウキちゃんにやって貰えれば、それでいいかなって。……疲れてるのに、我が儘言ってごめんね」
顔をこちらに向け、上目遣いに見るサツキ。
「いや。全然平気だよ。ほら、星でも眺めたらどうだ? こうやって眺めるなんて、滅多にない経験だぞ」
「……ホントだ」
俺は上を見上げる。海は街のネオンや街頭が無いから、星々はまるでプラネタリウムのように空全体で煌めいている。
「あ、あれ、多分アークトゥルス……ボクがモデルにした星だよ」
「どれ?」
「あそこの」
サツキが指差す先、と言っても正直よく分からなかったが、恐らくあの一際光ってる星で良いのだろうか。
「キレーだな」
「うん。あんな星みたいに、トップに輝く配信者になるのが夢だったけど」
「けど?」
「スバルちゃんやホウキちゃんに出会って、今はみんなと一緒に輝くのが目標なんだ」
夜空を見上げるサツキは静かに言う。
「世界ランク、三人で名前を連ねようね。いつか、きっと。プレアデスのように」
「……ああ」
歩いていると車が見えてきた。宇佐美さんが忙しそうにトランクへ荷物を詰め込んでいる。
「荷物は後、これだけで……!?」
そして俺たちを見て固まる。
「あ」
「ぐ、んんんんッ!」
鼻を抑え、しゃがみ込んだ。
「……?」
「気にしなくて良いよ。あの人、定期的にああなるみたいだから」
俺は後部座席にサツキを座らせた。
「じゃ、妹も連れてくる」
「ん。ありがと」
「なーに、このくらいのサービスはお安い御用だよ」
海岸に戻ると、スバルは一人で線香花火を垂らしていた。小さく弾ける火花が闇の中で瞬き、やがてポトリと地面に落ちる。
「……遅い」
「何だよ、拗ねたのか?」
「拗ねてない」
プイっとソッポを向くスバル。間違いなく拗ねてるのだが指摘すると、どんどんヘソを曲げていくので俺は軽く頭をポンポンするだけにしておいた。
「……お姉ちゃん、サツキちゃんと同じアクセサリー付けてるでしょ。どういう事?」
「ああ、これか? 復帰祝いに上げたんだよ」
「しかもそれ、ご当地アイテムだよね」
「あのインフルエンサーの二人から貰ったやつだ」
腕を組んだまま、「ふーん」と横目で一瞥してくる。
「代わりと言っちゃ、アレだけどさ」
俺は什匣から小さな小瓶を取り出した。夕闇の中でも青色に輝く水が瓶の中で揺れている。
「青の洞窟の海水だ。水と光の効果だけじゃなくて、本当に水自体が青く光るんだって。料理配信で使えそうだから採って来たんだけど……良かったら、どうだ? これもご当地だぞ」
「……貰っておく」
俺の手から小瓶を掴み取る。
「お姫様抱っこはするか?」
「恥ずかしいから、いい」
スバルは車に向かって歩き出したので、俺も小走りで追いかけた。
「………」
そのまま無言で歩いていくが、不意に指先に何かが触れて、ぎゅっと握ってきた。
俺もその手を握り返すと妹はハッとした表情になり、ちょっと嬉しそうに口元が綻んでいたのを俺は見逃さない。
「あ、ありがとうございます。もう鼻血は止まりましたので……」
再び車の所まで戻ってくると、宇佐美さんはスタッフの人に介抱されていた。
しかし俺たちの姿を見るや否や――。
「あ、尊い!!」
「うわぁ、また鼻血出したよこの人!?」
再度卒倒した宇佐美さんを、スタッフは慌てて抱き起していた。
「宇佐美さんって、ずっとあんな感じなのか?」
「うん。仕事は完璧なんだけどね。お姉ちゃんが来てから更に悪化した」
「……そうか」
後部座席のドアを開ける。サツキは既に眠り込んでいた。起こさないように慎重に乗り込み、隣にスバルが座った。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「ありがとう。大事にするね」
「ああ」
車は快調に夜の高速道路を走っている。カーラジオは軽快な音楽を奏でていたが、後ろを振り返った宇佐美はボリュームを下げた。
「……三人とも、眠ってますね」
寝息を立てるホウキを真ん中に、スバルとサツキが寄り掛かって安らかに目を閉じていた。
ハンドルを握るホウキの父も相槌を打つ。
「そうだな。家に着くまで寝かしてやってくれ。君も疲れてたら寝て良いぞ」
「はい。でもその前に」
宇佐美はカメラで眠る三人を写真に映す。
「今日を締めくくる一枚です。プリントしたら三人に渡しておきます」




