三十六話 青き洞窟
ダンジョンへの入り口は海と繋がっていて、アクセス方法は船か直接泳いでいくかだ。
俺はそのまま泳いで向かう事にする。沖へ進んでいくと、海面に小さな岩山のような塊がせり上がっていた。
入り江のような形状になっており、人気スポットなだけあって人気も多い。さっさと入ってしまおう。
目の前には岩肌にポッカリ口を開けたダンジョン。平泳ぎで通ると、景色は一変する。『青の洞窟』の名前に偽りはなく、確かに水が青く輝いていた。
青の洞窟の元祖とも言えるイタリアのカプリ島を思わせ、息を呑む美しさだった。
「今、ダンジョンに入りました。皆さんも見えるでしょうか?」
俺はドローンでこの絶景を見せる。気軽に訪れられる場所だから希少性はないが、折角なのでカメラで青色の海を背景に映ってみた。
しかし何故かコメントの流れは鈍い。微妙だったか?
『……スマン、魅入ってた』
『一瞬、人魚が映ったかと思ってガチでビビった。コメっちゃん絵になりすぎでしょ』
『水に濡れてキラキラ光る様が美しすぎた』
『このシーン絶対に切り抜いてくれ。頼む』
「そ、そうですか? ありがとうございます」
どうやら単にコメントを打てないくらい見られていたらしい。
今の同接数は三万弱。無論全てのリスナーさんって訳じゃないだろうが、それでもこれだけの人たちの目をくぎ付けにしたのは、何と言うか少し気恥ずかしかった。
『あ、照れてるな』
『この初々しさ、たまらねぇよ……』
『プレちゃん、アークちゃんにはない魅力よな』
俺は誤魔化すようにそそくさと泳ぎ、陸へ上がった。このダンジョンは陸地と水に満ちたエリアの二つで構成されている。深層へ至るにはその中でも深い水たまりを見つけ、潜っていくしかない。
上層でも魔物は出るが、とても貧弱だ。
「キルル……」
上陸した俺を出迎えるように、その魔物が奇怪な鳴き声を上げて出てくる。
頭部は魚、身体は人間の子供。ただし皮膚にもウロコがびっしり、手足には水かき。異形頭の人間というよりは、河童と魚のハイブリッドだろう。
名前はムベンガ・チャイルド。頭の魚が獰猛な魚類のムベンガに似ているから、そう呼称された。他にもピラニア頭やカンディル頭もいる。何故、海に淡水魚ベースの魔物なのかは永遠の謎だ。
「ギルゥ!」
幼体ながら性格は好戦的だ。威嚇もそこそこに、いきなり飛び掛かってくる。
しかし……。
俺はその顔を平手打ちする。パシーン! とハリセンで叩いたみたいに良い音が鳴り響き、魚頭がすっ飛んでいった。
……まあ、こんな感じでとても弱い。子供でも勝てちゃうからな。幼体だから歯もない。
ビクビクと痙攣する死体を放置し、去ろうとしたが流れるコメントが足を止めさせた。
『コメっちゃん、ドロップアイテム見ないの?』
魔物は倒すとアイテムを落とす。異世界でもドロップは普通にあったし、使えるものは片っ端からストックしている。
ただ、ダンジョンの魔物のドロップ品は名前が違うだけで同じ効果を持つか、あるいはダンジョン産の方が下位互換であることが殆どだった。
だから一人暮らしで生計を立ててた時も、回収してたのは異世界でも見たことが無いものが中心だ。
まあ、見たことが無いだけであまり有益なものは無かったけど。
『ムベンガ・チャイルドのドロップってなんだっけ?』
『主に小さい魔石だけど、後はヒレとかウロコくらい』
『ショボw』
『子供の小遣い稼ぎに狩られるような奴だしなw』
『でも、コイツらってレアドロがあるって噂があるよな?』
『ムベンガ・チャイルド、ムベンガ・ペアレント、ムベンガ・エンセスターだろ? 眉唾だけど』
『何それ?』
『こいつらをそれぞれ倒すとレアドロで水晶、杖の骨組み、意匠が手に入る。で、それを組み立てると強力な魔法の杖になる……って噂』
『確かに胡散臭いw』
散々な言われようだが、折角だから確認してみよう。噂ってのも気になるが、都市伝説の域を出ない話っぽいのでスルーで良いか。
俺は足先でムベンガ・チャイルドの死体を小突き、退かすと小粒な魔石数個と宝箱が出てきた。
近くの水たまりでそれらを洗い流し、魔石は什匣へ。宝箱はスキルで罠や開け方を調べる。
「鍵はかかってなくて、罠もないようです。開けてみますね」
俺は箱を開け放つ。
中身は――。
「……見てください」
ドローンの前にそれを掲げる。
『水晶・・・だと!?』
『え、マジ!?』
『【朗報】 コメっちゃん、都市伝説が事実であると証明してしまう』
『あるトレジャーハンターは一万体倒して検証しても出なかったのにw』
俺のスキルにはレアドロップ……つまり運気を向上させるものはある。異世界では効果があったが、ダンジョンでも通用するっぽいな。
早速水晶に鑑定をかけると――。
【海割りの水晶】 危険度:無 強度:高 希少性:超 分類:なし
海を割る魔力を秘めた水晶。現時点ではその力を扱うことは出来ない。
杖の骨組みと意匠を組み合わせると、一振りの杖となる。
ビンゴだった。
「……残りも狩ってみようかな」
背中に背負ってる剣を始め、多くの武具たちはマナのない地球では沈黙し、特殊な力を発揮できなくなっている。
でもダンジョン産の武器ならマナに関係なく、秘められた能力を奮えるはずだ。
『なんかワクワクしてきたw』
『初回配信でもまた話題を作るのか!?』
『応援するで』
俺はターゲットを求め、ダンジョンの奥へ歩いて行った。
ダンジョン地下三階。
地下一階から三階までは上層となり、水を介さずに降りていけるエリアだ。出現する魔物も弱く、多くの人が集い歩いていた。
「はい、ここが生身で到達できる最下層となります」
ツアー会社の旗を持ったガイドが行き止まりで立ち止まった。ゾロゾロと続く観光客たちの服装は余所行きの着飾ったものばかりで、およそダンジョン探索に適した格好ではない。
「こっから先はいけないんですか?」
「はい。中層、下層へ降りるにはスキルが必要になります」
「なーんだ。詰まんないの」
マッシュルームカットの男児が大欠伸をして、スマホを弄り出す。
「……チッ、クソガキが」
ガイドの女性は小声で毒づき、すぐさま営業スマイルへ切り替えた。
「では皆さん。昼休憩となります。各自自由にして――」
「あら、アレは何かしら?」
厚化粧の女性が暗がりを指差す。
「……シュー……フシュー……」
何か獣のような呼気。ガイドの女性はめんどくさそうに顔を顰めた。
「魔物ですねー。私が処理するので、皆さんは下がっていてくださーい」
上層までの魔物は脆弱だ。ガイドの女性も最低限の心得があるので、ムベンガ系統なら脅威ではない。
腰のナタを抜き放ち、暗がりへ近づく。そこにいたのは案の定、ムベンガ・チャイルドだった。弱いが、好戦的な種である。もし客に怪我でもさせたら、と考え迷わずにナタを振り上げた。
「シュー……」
ひゅん、と黒い影が飛び出し、女性とすれ違った。
ガイドの女性はナタを振り上げたまま、微動だにしない。
そして、一切の表情を変えることなく、その首はヌルっとズレ落ちた。
一瞬の沈黙と静寂。
それを破る誰かの悲鳴が響き渡った時、恐怖と混乱に満ちた狂騒が伝染していった。




