三十四話 アーク×コメット
「コメットちゃん、一緒に泳ごう? 水中にもぐって散歩するの好きなんだ」
サツキが俺の腕を抱き締めるように絡める。いくら平坦でも柔らかいものは柔らかいので、意識させられる。
「いや、ちょ、腕……当たって……」
「?」
首をかしげるサツキ。分かってないようだ。
「大丈夫、ドローンは防水」
「そうじゃない!」
スバルの言う通り、やけに懐かれた。そんなに病院での出来事が好感度の爆上げに繋がったのだろうか?
あ、そうだ。忘れないうちにあれも渡しておこう。
「あの……、これ。退院祝い」
俺は什匣から、小奇麗な包装紙に包まれたプレゼントを渡す。
「これ、ボクに?」
「うん」
「開けても良い?」
頷く。
紐をほどくと、貝殻のピアスが出てくる。
「これ……九十九里浜のダンジョンにしか出ないアイテム!」
サツキはぱあっと、顔を綻ばせた。
「そうなの?」
「こういうのはご当地アイテムって呼ばれて人気だよ。場所によっては高値で取引されるものもあるよ」
へぇ……。でも確かにご当地と名のつくものは、昔から一定の人気はあるよな。
「もしかして、ボクのためにわざわざ九十九里浜まで?」
「いや、人から貰ったんだよ。珍しそうだし似合うかと思って」
穴をあけないタイプだから、肌を傷つける事もない。
戦闘面でも役立つはずだ。サツキのスタイルは単独で斥候、待ち伏せを張るのが主流になる。その際、敵からの探知を避けるために魔力を用いた通話手段も封鎖される。
だけどこいつがあれば気にせずに対話可能だ。アイテムが持つ機能であって、魔力は伴わない。
「……ありがとう。似合うかな?」
早速、耳につけたサツキが少し首を傾け、こちらに向く。
その動きにどきり、と心臓が震えた。
「う、うん。似合うよ。とっても」
「良かった。コメットちゃんの分は?」
「ああ、後でつけるつもり」
「じゃあ今付けてあげるから、貸して?」
「え、つ、付けてあげる?」
「ん」
手を突き出したまま動かないサツキ。
俺は素直にもう一つの貝殻のピアスを取り出し、手渡した。
「ボクは右耳につけたから、コメットちゃんは左耳ね」
耳朶にサツキの手が触れる。ひんやりとしてて、火照った身体に心地よく、少しくすぐったかった。そして柑橘系の良い匂いもする。
「は、はわ……ち、近い」
すぐ横にサツキの顔がある。こんな距離で触れ合うのは、スバルともやったことが無い。
顔が熱く、心臓が飛び跳ねる。この鼓動が伝わるんじゃないかって思った。
「……出来た。お似合い」
「そ、そうだね」
「写真、撮ろう?」
「は、はい……」
心なしか、サツキの顔も紅い。
『お、俺はプレ×アク派なのに………素晴らしい……』
『お前、消えるのか・・・?」
『ワイ尊死。でもまだこの光景を見たいからこの世にしがみつく』
『成仏してクレメンス』
『くそ、なんだこれは!?今回の配信は尊みに満ちている!』
『あー!!いけませんお二方!困ります!!あー!あー!!』
スマホでパシャパシャと撮られまくっていると、ビーチボールを手挟んだスバルが頬を膨らませてやって来る。
「ちょっと、アークちゃん! お姉ちゃんを独り占めするのは駄目だよ!」
「………」
無言でアークは俺の腕を抱き寄せる。いや、だから、あの手に……。
「むぅ! ならアタシはこうするから!」
スバルは反対側の腕を引き寄せる。妹だから変に意識することは無いが、それでも必要以上のスキンシップをされると困ってしまう。
「いくらプレちゃんでも今回は譲れない」
「ぐぬぬぬ」
二人は一触即発な雰囲気だが、俺の方は暑さと動悸、おまけの寝不足でもうグロッキーだった。
「……う~ん」
そして不意に視界が暗転してバタリ、と倒れる。
「お、お姉ちゃん!?」
「む、緊急事態。人工呼吸を」
「それ絶対、対応間違ってるしょぉ――!」
二人の声を聴きながら、意識が薄れていく。
耐性スキルをドカ盛りしても、身体も鍛えていても、こういうのには弱いんだなぁって他人事のように考えながら。




