三十二話 準備
光陰矢の如しなんて良く言ったものだが、とうとうこの日がやって来てしまった。
「さあ、じっくり選ぼうねお姉ちゃん」
悪魔のような天使の笑顔を零すスバル。
そう、ここは水着コーナー……。出来る事なら一生、縁を持ちたくなかった場所である。
「帰りたい」
着飾ったマネキンを見上げる。何だコレ。もう布じゃなくて紐じゃん。
周りを見ても裸との区別がつかないようなデザインばっかで、俺は絶望的な気持ちになった。
「じゃあ、お姉ちゃん! まずはこれ」
妹が俺にいくつか水着を押し付けてくる。どんなデザインか、調べる間もなく更衣室へ追いやられた。
「……これは」
定番のビキニデザインだが……布面積ちっさ! 原始人だってもうちょっと隠すだろ。
却下!
「次!」
今度はもっとしっかり隠せるが、やたら肩紐の部分やパンツ部分にフリフリがついてる。
こういうのは嫌だって言っただろう。
却下!
「はい、次!」
ワンピースタイプだが、胸元に深い切り込みが入っている。羞恥心をどこに捨てれば着れるんだろうか。
却下!
「お次!」
露出は平均的だ。ボトムにフリルがついてなければ、一考の余地があったんだけどな~……。
却下!
「ネクスト!」
オフショル型。女性らしさが強すぎて着れる気がしない。
却下!
「次……」
スリングショット。最早、何も言うことは無い。
「………」
前にジッパーがついた競泳水着。リスナーってこんな過激な服装を求めるのだろうか?
そろそろ妹の頭を拳でグリグリしてやろうかと思い始めた頃、最後の一着になる。
今度は何だ? どうせロクでもないデザイン……。
「ん?」
パレオタイプ。色は俺の髪の毛に合わせたのか、清楚な青色で統一されている。上の部分はスポーティなタンクトップ。腹周りは露出するが……まあ、今までのに比べればまともなデザインだ。
つーかいきなり正気を取り戻したように、ちゃんとした水着になるのは何なんだよ。
「一応、決まったぞ」
「あ、じゃあ試着してみて」
「……分かったよ」
着替えて鏡に映してみる。
……自分で言うのもアレだけど、似合ってるな。身体は平坦でも色白だし、きめ細かい。
あと、何かおまけでヒマワリ模した髪飾りもあったので取り付けておいた。
「……どうだ」
俺は仏頂面で試着室のカーテンを開け放つ。外で待ってたスバルと店員は俺を見て固まっていた。
何だよ。
「似合うと思ってたけど……予想以上過ぎて」
「お、お客様、外国のお人形さんみたいです……仕事中じゃなければ写真を撮りたいっ!」
「あっはい」
他は変な水着ばっかりだし、これでいいやもう。
「この水着でお願いします」
「かしこまりました!」
慣れ親しんだ服装に戻り、一安心。やっぱこれが一番落ち着く。
会計を済まし、紙袋に買った水着をしまう。目的は果たした。さっさとこの空間から出よう。
「これで準備はバッチリだね。お姉ちゃん」
「……お前さ、変な水着ばかり渡してきたよな。あんなの選ぶと思うか?」
俺はジトっとスバルを見やった。
「あ、あれはワザとだよ。そうすれば最後のアタシのオススメ一押しが一番良く見えるでしょ?」
スバルはバツが悪そうに明後日の方へ向き、頭を掻く。
「それでか……」
「最初にヤバいモン見せておけば、消去法でアレを選んでくれるかなって……」
「お前が本気で悩んで選んでくれた奴なら、ちゃんと着るよ」
俺が嫌がってた露出度も、フリルみたいなものもなかった。色合いは髪の毛に合わせられていたし、時間をかけて厳選してくれたんだなって言う熱意は伝わってきた。
そこまでしてくれた妹の望みを無下にしてしまうのは、兄として失格だろう。
「――帰りにコンビニでアイスでも買うか? 奢りだ」
「え、ホントに!? やった、ありがとう!」




