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三十話 ダンジョンアイス



「あ、お姉ちゃん外出るの?」

「うん。料理配信しようかなって」


 俺は髪色を変えるスプレーを一吹きする。たちまち、水色の髪は緑へ変色した。水で簡単に洗い流せるし、天然由来成分だから頭皮や髪の毛にも優しい。


「これで、後は顔を隠せば多分バレないハズ……」


 見直すべきは配信内容だけじゃなく、撮影機材もスマホからドローンに変更した。チャンネルもデフォルトから『アステールのお役立ち料理CH』に変更、サムネもそれっぽい料理の画像に差し替える。


「どーよ?」


 我ながら納得の出来栄えを妹に見せる。


「こんな感じで良いと思うけど、アステールって何?」

「ギリシャ語で星」

「……あー、お姉ちゃんってそう言うネーミング好きだよね。ノートになんか武器とか一杯書き込んでたし」

「ほっとけ」


 俺はスバルの頭に軽くチョップを入れて黙らせる。

 最後に帽子を目深に被り、顔があまり見えないようにツバの角度を微調整。流石に街中でお面は付けれないからな。それに意外と人は他人の顔を見る事はしない。ガン見されない限り、平気だろう。


「じゃ、行ってくる」

「アタシも配信見るから頑張ってね!」

「良いけど、茶化すなよ?」

「分かってるって!」


 スバルに背中を押され、俺は外に出るのだった。



 目的のダンジョンは家から徒歩数分の低レベルダンジョン。親子連れ、カップルが散歩感覚で訪れるスポットの一つだ。


 外は殺人的な暑さだが、中はやはりひんやりとしている。元々洞窟内は太陽光が届かないので、上がりにくいってのもあるけど、もう一つ理由はある。それはここが洞窟ではなく、未知の生態系を作るダンジョンだからだ。


 俺は道すがら、縁日で買った狐のお面を付けてドローンを起動させる。


「――こんにちは。ゲスト、改めアステールです。久しぶりの配信になりましたが、今日はこの季節にピッタリなものを紹介します」


 撮影中の口調は今まで通りで行く予定だ。いきなり変えたら困惑するだろうし。


『こんにちは~、久しぶりです』


 そして久々の配信なのにリスナーさんは数十秒ほどでやって来る。

 現在の同接は二人。もう一人はスバルで確定か。


「お久しぶりです。色々あって、配信できなくてすみません」

『いえ。アステールさんのペースでやって貰えれば、それで十分ですから』

「ありがとうございます」


 俺はペコリ、とお辞儀する。


『えっと、……今日からドローンで撮影するんですね?』

「はい。色々と改善していこうかなって」

『なるほどー……あの、アステールさんって、コメ……いえ、何でもないです。今日はどんな料理ですか?』

「これです」


 ダンジョンの中に生える草を指差す。正式な名前は誰も知らないような雑草だ。異世界ではタルヒバナと呼ばれていた花によく似ている。いくつかの実を葉先にぶら下げ、ぼんやりと白く発光して触ると少し冷気を放っていた。

 こいつがこのダンジョンの避暑地化に一躍買っている草だ。微弱ながら放出する冷気が熱を冷やしてくれている。


 一見、有能な植物に見えるが群生してようやく気温が1℃くらい下がるか、下がらないかくらいだ。もっと有用なアイテムがあるし、エアコンなどの利器に取って代わるほどのポテンシャルは無い。


 ――コイツ単体なら、だが。


「もう一つはこれですね」


 壁に張り付いている苔だ。キラキラと輝き、その見た目からも人気は高い。この苔を小瓶に詰めた小物が雑貨店で流通するくらいだ。


『玻璃ノ苔ですか?』

「そうです。観賞用のアレですね。意外かと思いますが、この苔とさっきの雑草を組み合わせると……この季節にピッタリな奴になります」

『初見。面白そう』


 そして待望の二人目のリスナーさんのコメント。やはりサムネとチャンネル名をいじった成果だろうか。


「初見さんいらっしゃいませ。良かったら、最後まで見てってください」


 俺は折り畳みのテーブルを組み立て、そこにボウルを置く。そこへ雑草の光ってる実の部分と、岩肌から切り取った玻璃ノ苔を入れる。

 使い捨てのビニール手袋をはめ、その二つをゆっくりとくっつけて擦り込んでいく。最初は変わり映えしないが、徐々に反応が出始める。


『溶け始めましたね』

「この二つは混ぜると、化学反応が起こって溶けるんです。もちろんそれだけじゃなくって……」


 俺はコネて半練りになったそれを指先で掬い取った。


『アイスクリームか? それ。苔がアラザンっぽいな』

「はい。その通り、アイスクリームです」


 実はそのままでは硬いし、砕いても冷たいだけの何の旨味もない木の実だ。苔もただの綺麗な植物でしかない。

 だが、この二種類は化学反応を起こす成分で構成されている。溶ける成分と、甘味料、そして耐暑効果だ。口に含んでみると、予想通り冷たくて甘い。そしてこの冷たさが暫く持続し、熱中症への対策になる。


『マジか? つーか着眼点凄いな』

『前のアーカイブも面白いですよ~』

『おけ、後で見るわ』


 リスナーさんが増えた事でコメントも賑やかになる。良い感じだ。後は細かい食レポを――と、思ったところで偶然、近くをカップル連れが通る。外から来たばかりなのだろう、汗だくだった。

 俺はドローンの視点を下げて顔が映らないようにし、二人に話しかけてみる。


「あの~……」

「ん? 俺らに何か用?」

「もしかして迷子……って思ったら、ドローンあるし配信者かな」


 二人とも髪の毛を明るい茶色に染めていて、今時のファッションをしている。


「すみません、今新しい料理の研究をしてまして、良かったら感想とかお願いできますか?」

「ふーん……どうする?」

「良いジャン。食べてみない?」

「モっちゃんが言うなら良いよ」


 俺はカップルにスプーンを渡す。


「……冷たいし、甘い! なにこれ、チョー美味いんですケド!? しかもホッピングシャワーみたいに口の中で弾ける!」

「お、マジだ。これアイスクリームだろ? こんなダンジョンでどうやって?」

「材料はこれだけです」


 手応えのあるリアクションだ。自分で食レポするよりも、周りの人の感想もあった方がアクセントがあって興味を引けるかなって。


「え、あんな雑草が!? マジかよ、俺ら今までスッゲー、ソンしてたじゃんか!」

「ねぇ、良かったら作り方教えて貰える?」

「はい。どうぞ。出来ればみんなでシェアして広めて貰えると嬉しいです」


 俺は作り方のメモを渡す。チャンネル名もオマケして宣伝は忘れない。


「オッケー、お姉さんに任せなさいな! あと、これ。美味しいアイスのお礼ね」


 逆に渡されたのは、貝殻のピアスだった。ピンク色と水色になっている。


「それ、九十九里浜のダンジョンで見つけたアイテムだよ。片方を誰かに渡しておくと、その人とは離れていても会話できちゃうんだ。アタイらはもう持ってるからね、あげるよ」

「ありがとうございます!」


 狙い通り、需要に刺さっているようだ。この調子で続けてみよう。

 このアクセサリーの片割れは、サツキのプレゼントにしようかな?

 

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