二十九話 水着
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
スバルがバン! と俺の部屋のドアを開け放つ。今日は祝日だから大人しく漫画でも読んでるかと思ったら、いきなり凸ってきた。
「ノックくらいしろよ。あと、家にいる時はお兄ちゃんって呼びなさい」
俺は本棚の整理をしながら振り返った。
「えー、でも今は実質お姉ちゃんだし、配信の時に間違えてお兄ちゃんって言ったら面倒だよ」
「……確かに」
今後を考えるとお姉ちゃん呼び統一は必須か……?
「てか、そんなことはどうでも良くて! サツキちゃんの退院の日が決まったよ!」
「分かった。そんでいつなんだ?」
「一週間後だって。でね、復活を記念してお祝い配信をする予定なんだ。お姉ちゃんもデビュー予定なんでしょ? 一緒にやったらいいかなって」
この前のヘカトンケイル討伐でネットの期待度は最高潮になっている。父さんとも話して、もしデビューする気があるなら、今このタイミングが最適だろうと言われた。
別にまだ世界ランクに挑む予定は無いけど、病院でサツキに一緒に活動するって約束したしな。
「良いぞ。配信内容も決まったのか?」
何か、退院祝いのプレゼントも用意した方が良いかな? どんなのにするか悩みそうだが。
「うん! 海でやろうかなって。サツキちゃん、海とかお祭りみたいな夏のイベントが大好きだから」
「海かァ……海?」
おっかしいな。嫌な予感がする。異世界で培った第六感が警鐘を大音量で鳴り響く。
「海で何すんの?」
「そりゃ泳いだり、ビーチバレーする様子を配信するよ。リスナーさん、そういうの好きだし」
「服が濡れるな」
「だから水着があるじゃん」
「……俺も?」
「当たり前でしょ?」
スバルは何言ってんの? と逆に俺が変みたいに言う。
「イヤだ」
「なんで?」
「俺、中身、男」
「何を今さら。風呂場で自分の素っ裸ガン見してる癖に、この期に及んで恥じらうの?」
「言い方! 裸だってやっと慣れたんだぞ!」
「なら水着も慣れれば良いでしょ。参加するなら、着てないと逆に悪目立ちするけど?」
「じゃあやめる」
「えぇー、止めちゃうの? サツキちゃん、ガッカリするだろうなぁ~? 病院でお姉ちゃんに会ってから、一緒に活動する事楽しみにしてたのに」
ヨヨヨ、と泣き真似をするスバル。こ、この野郎……逃げ場を的確に潰してきやがる。
「でも、イヤなら仕方ないね。サツキちゃんにもそう言っておくよ」
部屋から出ていこうとする妹に俺は根負けした。
「分かったよ、出るよ! でも絶対、変なデザインの奴は着ないからな!? キワドイ奴とか! 無駄にフリフリしてる奴とか!」
「流石、お姉ちゃん。大丈夫、今度の日曜に一緒に似合う奴、見繕ってあげるからさ」
ニコっと、小悪魔みたいな笑みを浮かべてスバルは部屋から出ていった。
「……はぁ~」
俺はドッと疲れを感じ、ベッドに寝転ぶ。
どうしてこうなる?
そりゃ、この身体になった以上そういう機会はいずれ巡ってくるだろうとは思っていた。
だがこんなにも早いと、心構えも出来やしない。
「配信かー……」
そういや、料理配信も全然やってないな。この前のスバルの配信で学んだことはあるし、それを一度実践してみたい。ヘカトンケイルを倒したステラ・スフィアーズのコメットではなく、ただの配信者として一からチャンネルを育ててみたいんだ。
そのためにはまず……。
どれだけ視聴者の需要に応え、印象に残れるか……。魔物料理でそれを生かせる方法は何なのか、だ。
むやみに料理を披露するだけじゃ、見てくれる人は増えないだろう。
「うーん……思い浮かばない」
俺は寝転びながらスマホをいじくる。適当にニュースサイトを開くと、今日も殺人的な暑さで熱中症になる人が続出していた。
大変だなぁ、と他人事に感じていたがふと、何かが閃きそうな気配が来る。
「暑さ……、ん? 待てよ」
地下に潜るダンジョンは気温が低く、割と快適に過ごせるので低レベルな場所は避暑地としても人気がある。
だが、その道中で暑苦しさにうんざりし、涼み終わって外に出た時も熱気に茹だるだろう。もしその人たちに冷たいアイスや水的なのを紹介出来たら、ウケそうじゃないか?
俺はスマホでダンジョンの情報が載るwikiにアクセス、手近なダンジョンの生態系を調べる。
使えそうなのは――、あった!
これと……これならゲテモノにならないし、異世界でも見たことあるから作れそうだ。
「よし、やってみるか」
上手く行ったら、配信者の助けになるかもしれない。




