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二十八話 引っ越し


 アパートのドアを開け、部屋に入ると汚部屋が出迎える。何故か不思議と懐かしさを感じた。澱んだ空気、散らかり放題の室内……いや、懐かしくは無いか。


「……まずは、ゴミを片付けるか」


 塵も積もれば何とやら。うず高く積まれたゴミ山を前に、両手に軍手をはめる。髪の毛は邪魔になるので、スバルに頼んでポニーテールにして貰った。服も体操着なので汚れても問題ない。

 最大サイズのゴミ袋に次々と包装紙の屑やゴミを放り込んでいく。燃えないプラゴミは別のゴミ袋に入れて、分別していく。


 床の汚れも酷かった。食べ残し、零した跡、埃、抜けた毛髪の塊……。

 うぇっ、俺こんなところで飲み食いしてたのか? 信じられねぇな。


「次はこのアイテムとかを……」


 適当に回収し、そのまま放置していたので埃を被っている。一つ一つ拭いてると日が暮れそうなので、とりあえず什匣アイテムボックスへ回収していく。

 何も考えずにしまうと中でゴチャゴチャになるから、内部の様子を見ながらしまう。


「……あ」


 整理していると、一本の牙と宝箱が出てくる。

 アークを襲っていた魔物をぶっ飛ばした時に手に入れた奴だ。あとで調査しようと思ってすっかり失念していたようだ。


「宝箱は……刺激しない方が良いよな」


 パンドラの箱って言葉もあるくらいだし、安全な環境で試すべきだろう。

 こっちの牙は平気っぽいから鑑定してみるか。


「鑑定」


 牙を手に取り、見据える。数秒くらいで目の前に結果が、半透明の発光するボードで示された。

 

 【牙笛】 危険度:無 強度:低 希少性:不明 分類:楽器

 中身が空洞になっている。

 先端部分を口に咥え、吹き鳴らすことが出来る。呼気の強さで音色が変わる。

 

「これを、口に?」


 俺はあいつの姿を思い浮かべる。入念に洗っても嫌なんだが……。

 まあ、いずれ役立つ時が来るかもな。


「……こんなもんか」


 何とかアイテムや財宝の整理は終わった。少ない私物も収納し、室内はがらんとした。

 

 掃除機をかけるため、窓を全開にすると熱気が流れてくる。氷属性の魔法を全身に薄くかけて、体温を調節してないと熱中症になりそうだ。

 ぶいーん、と掃除機を部屋中にかけまくり、しぶとい埃もようやく綺麗さっぱり片付けられる。


「……水よ」


 次にバケツに魔法で呼び出した水を張る。雑巾を濡らし、硬く絞って丁寧に拭いていった。カビも生えていたのでアルコールスプレーで徹底的に落とす。


「……やっぱ手伝ってもらった方が良かったかな」


 しかし、ここまで汚したのも他でもない自分自身なので、己で責任を取るべきだろう。スバルは学校だし、父さんは仕事。母さんだって家事炊事があるのだから。




 部屋が入居前の清潔さを取り戻す頃には、夕暮れになっていた。あのゴミ屋敷を一日で元通りに出来たのは、我ながら頑張ったと思う。

 ……最初から整理整頓してたら、こんな苦労はしなかったとは考えないようにする。


「……お世話になりました」


 空っぽの部屋に頭を下げる。

 この部屋のお陰で俺は、一年間雨風を凌げて生きてこれた。

 そしてまた新しくやって来る入居者の助けになるのだろう。


 ドアを開けると、いつものように怒号が聞こえてくる。隣の部屋のオッサンは相変わらず玄関先の壁に頭をぶつけ続けていた。


「……おや? もしかして、引っ越しかい?」


 ただ今日は頭を止めて、俺に向き直る。


「はい。帰る場所が出来たので」

「それは良かった」


 オッサンはニッコリと笑う。


「ここは君みたいな若い子がいるべき場所じゃない。君にはまだやり直せる時間と若さがある。これからは、幸せにいきなさい」

「はい。あなたもお元気で」


 名前も知らない相手に俺は別れを告げる。表札すらないアパートなのに、俺たちは不思議と通じ合っていた。


「ほら、彼女もお別れをしているよ」


 見ると、いつも日がな一日ずっと椅子に座ってニタニタしていた婆さんが、今だけは穏やかな顔つきで手を振っている。


「さようなら」


 俺も手を振り、背を向ける。アパートの外に出て、最後にもう一度だけ見上げた。


「……よし、行こう」


 その光景を目に焼き付け、俺は自宅へ足を向けたのだった。




「ただいま」

「おお、お帰り。引っ越しは済んだのか?」

「うん、終わったよ」


 家に着くと、父さんも帰って来ていた。

 タイミングが良いのでさっきの宝箱の話を切り出してみる。


「父さん、実はこれ……」


 宝箱を取り出し、特異性落下世界アノマリー・ワールドで入手した経緯を説明する。


「開けたいんだけど、何が出てくるか分からないんだ。下手に刺激して開く可能性もあるから、鑑定とかもしてない」


 父さんは暫く考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「政府のダンジョン研究機関に、回収した未知のアイテムを解析する施設がある。そこなら何が起きても平気だろう」

「でも政府関係じゃ、俺は入れないよ」

「いや、入れるぞ」

「へ?」


 父さんはコップに注がれたビールを煽る。


「言っただろう? ステラ・スフィアーズは政府の支援を受けてると。今までも何度もスバルが見つけた未知のアイテムの調査のため、持ち込んでいる。しかもあの狂った世界のものとなれば、使う権利こそあれど文句を言われる筋合いはないぞ」

「そ、そうなんだ……」


 俺がいない間にウチは随分と凄い立場になったんだなぁと、しみじみ感じる。

 それなのに何一つ、家の中の雰囲気は変わっていない。みんな、昔のままだった。


「さあ、今日はカレーライスよ~」


 食器を持った母さんがリビングにやって来る。


「わあい! カレーライス!!」


 そしてハイテンションで二階の自室から駆け下りてくるスバル。


「はっはっは、母さんのカレーライスは世界一だからな!」


 食事の配膳を手伝う父さん。

 その光景を見て、俺は改めて伝える。


「ただいま」

 

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