二十六話 不穏
「しっかし、本当に何だったんだコイツは……」
俺はスバルを抱えたまま、絶命したヘカトンケイルを見下ろす。コメントの情報では最下層のボス部屋を守る門番らしいが……何でそいつがこんな上層に?
「……ん?」
俺は死骸の中でキラリ、と光ったものを見つけた。それを拾い上げてみると――。
「……どういうことだ?」
「おーい、大丈夫か!」
遠くからざわざわと人の声が聞こえてくる。ライトの明かりがチラチラ動くのも確認できる。
救助隊か。誰かが通報してくれたらしい。
「こっちだ!」
俺も声を張り上げ、ライトを回して合図した。
外に出ると、とんでもない人だかりだった。報道屋、警察、レスキュー隊、自衛隊、いつぞやの時のように勢ぞろいしてる。
「あ、あの、お姉ちゃん……」
「え?」
「そろそろ、下ろしてくれると、嬉しいかなって。流石に、人前で……その、お姫様抱っこは」
真っ赤になって俺の胸に顔をうずめるスバル。周りは大量のカメラと撮影機材。……確かに、少し配慮が足りなかった。
「悪い。立てるか?」
「うん、大丈夫」
ダメージは無さそうだが、後になって響いてくる場合もある。一先ず、救急隊員の所へ連れて行って診て貰う事にした。
「スバル、ホウキ!!」
人混みをかき分け、父さんと母さん、宇佐美さんも駆けつけてくる。
「大丈夫か!? ケガは、どこも何ともないか!?」
「うん、俺は平気。スバルは今、診て貰ってる」
「……そうか」
父さんは胸を撫で下ろし、息を吐く。
「とんでもないレベルでバズってる配信があると聞いてな。開いてみたら、お前がヘカトンケイルと戦っていた。一体、何があったんだ? お前たちがいたのは地下一階だろ?」
「ああ、実はさ」
中で起きたことを事細かに説明する。事態を把握した父さんと宇佐美さんの表情は険しいものになっていった。
「そんで、後これ……」
俺はヘカトンケイルの傍で見つけた奴を見せる。
破壊された撮影ドローンだ。
「これは、撮影ドローンか? いや、でもウチで出してる奴じゃないな……どこの企業だ?」
ステラ・スフィアーズは撮影ドローンもラインナップに入れている。古き良き日本製を思わせる頑丈さと性能の良さを売りにし、他の国のものよりも高値だがシェアはトップを独走していた。
スバルが使っているのも当然、ステラ・スフィアーズ製のドローンだ。
「社長、このドローンにはシリアルナンバーがありません。海賊版の海賊版……主に、反社会勢力が好んで使うものです。製造国は中国かロシア、もしくは東南アジア系でしょうが……いずれにしろ、正規品ではありませんね」
ドローンを調べていた宇佐美さんが言う。
「しかし、何故そんなものが……宇佐美君、至急調査を頼む」
「はい」
裏社会で好まれるドローン……一体誰が? 分かるのは、誰かが俺たちの戦いを視ていたのだ。
何故? 何の目的で?
ヘカトンケイルが突如、出現した事との関連は?
疑問がどんどん湧き出してくる。
「スーちゃん、痛い所はない?」
「うん。心配かけてごめんね、ママ」
ただ、今はスバルが無事だったことを喜ぼう。
それに誰だか知らねぇが、俺に喧嘩を売ったんだ。この落とし前は兆倍にして返してやるさ。
「………」
人混みに紛れ、じっとりとねめつけていた男は、不意にホウキと視線が合いそうになって慌てて踵を返した。
そして懐からスマホを取り出し、通話を始める。
「あ、もしもし。動画、どうだった?」
『バッチリだ。人気配信者が危機に陥る……、視聴者は大喜びさ。これで今月もガッポリだな』
「うん、でもヘカトンケイル倒されちゃったよね……クインにも使いたかったのに」
『まーな。だが、他にもヤベェモンスターはいるんだ。そいつらを持ってくればいい。クインもそうだが、プレアデスの姉らしいあいつも良い金づるになるぜ。あの強さだからこそ、映えるんだ』
「でもヘカトンケイルを倒せるって事は、あいつギガキングと同格だよ。国内じゃ、あいつより強いのは……」
『富士山か、スカイツリーの奴を持ってくればいいだけだ。最悪、海外出張もアリだな』
「えぇ……それ、僕がやるんでしょ?」
『あたりめーだろ。テメーは足で稼ぐ、俺は頭で稼ぐ。適材適所だ。馬鹿なテメーでもそれくらい分かんだろ?』
「う、うん……」
『分かったらさっさとやれ。お客様はもう次のショーをお望みだ。その〝バグアイテム〟使えばテメーでも出来るだろ?』
「分かったよ。足立君」
『ボケが、電話で本名呼ぶんじゃねぇよ! だからテメーは屑なんだ! ああ? 盗聴されてたらどうするんだ!』
「ご、ゴメンよ。……もう電話切るね」
男はスマホの通話を終える。ポケットをごそごそとまさぐり、取り出したのは四角いジュエルケースのような物体だった。
「やらなきゃ……やらないと、僕が……」
そう呟き、彼は雑踏の中へ姿を消した。




