二十五話 伝説へ
ローファン日間3位、月間でも5位になりました。
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「――!?」
その腕は的確にスバルに襲い掛かり、握り締める。
「ッッ! 星脈活星・金牛ッ!!」
だがスバルも実力者だ。咄嗟に金色の光を纏い、脱出しようとする。
ミシミシと腕を軋ませるが、それ以上の効果は見られない。
「おい、どうした!?」
「う、動けない……なんて、パワー……ッ」
地響きが更に大きくなる。周囲一帯の地面が膨張し、次々と巨大な腕が飛び出してきた。
「なんだ、コイツ……」
『嘘だろ、なんで奴が……』
『おい、ここB1だよな!? 何で!?』
『ヤバいヤバいヤバいヤバい!!』
『え、ヤラセ?』
『嘘だと言ってよ……』
『ヘカトンケイル・・・?』
鼓膜を震わす咆哮が轟く。まるで小山のようにデカいそいつは、無数の手を生やした異形の怪物だった。……いや、最早身体が手で構成されてると言っても良い。
中には棍棒や槍、大剣と言った武器を持っている。顔はムカデのように生える腕の根元にあり、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべていた。
『マジだ、ヘカトンケイルだ!!」
『どういうことだよ、あいつは地下70階のボス部屋のゲートキーパーだろ!?』
『逃げて、超逃げて!!』
『アカン(アカン)』
「プレアデス、糸を使って逃げろ!!」
俺は未だ捕らわれてるスバルに呼びかけた。肉体強化で抗っているが、苦しそうに顔を歪めている。
「無、理みたい。握られた時に、バックごと潰されて……」
「……クソ!」
剣を抜き、構える。
だが、それを制するように怒涛のコメントが流れていく。
『待って、いくらお姉ちゃんでも無理だよ!』
『こいつは最下層の門番なんだ! 倒せたのは踏破したギガキングだけだ!』
『国内で相手出来るのはギガキングだけだろうな・・・たとえ、アークちゃんがいても・・・』
『誰かギカキング呼んでくれ!』
「お姉、ちゃん。ア、アタシは良いから、逃げて……! 大丈夫、だから」
絞り出すように叫ぶスバル。それを聞いたヘカトンケイルは勝ち誇ったようにほくそ笑み、グッと力を籠める。
「ォオオオオオオ!」
「う、あぐぅッ!」
ダンジョンでの配信だ。ケガは付き物だし、そんなんで一々キレるつもりはない。でもこいつは、俺の目の前で馬鹿にしたように笑い、スバルを傷つけた。
……ここまでされたら、理性なんて効かねぇよ。お前は、本気でぶっ潰す。
『ちょ、お姉ちゃんコメント見て、逃げて!!』
『え、やる気なん?自殺志願者?w』
『同接40万突破記念カキコ』
『この配信色んなとこで晒されてんぞwwwやべえwww』
『あーあ、二人とも死んだなこりゃ』
『ギガキングー早く来てくれぇぇぇぇ!』
ヘカトンケイルが腕を俺に目掛けて振りかざす。見上げる程のサイズで、青筋が浮かび上がっている。こんなの人間が喰らったら一撃でスプラッタになるだろうな。
――ただの、人間なら。
俺はすかさず掌を突き出す。
ただ、それだけだ。
それだけで、凄まじい殺意と暴力の塊となって打ち出されたヘカトンケイルの怪腕は、止まった。
『!?!?!?!!?!???』
『は?』
『え』
『!!!!!!!』
『え、CG? 何かの番宣?』
『片www手wwwでwww止wwwめwwwたwww』
『SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!』
『【超朗報】 お姉ちゃん、国内ランク1位しか倒せない化け物超える』
「お前の馬鹿力なんて、こんなもんだよ」
俺は拳を払い除ける。そして前傾姿勢になり、加速。
「グゥガアアアアア!!」
数多の腕が降り注いでくるが、全て遅すぎる。俺が通過した後の地面を殴り、砕くだけ。
俺はスバルを掴む腕を狙い、接近を図る。しかし流石に向こうも手練れか、今度は腕を複雑に操りながら殴りかかってくる。
邪魔だから斬り捨てようとしたが、やたら刃の通りが鈍く、俺は素早く剣を引き戻して一旦後退した。
・スーパーチャット
『¥50.000 お姉ちゃん、ヘカトンケイルの腕はそれぞれに耐性を持ってるから、剣だけじゃ斬れない!!』
コメントの凄まじい流れに抗うように表示されるスパチャ。名前を読み上げてる暇はないが、感謝する。
「ありがとう。だったら、弾き飛ばしてやるだけだ」
俺は五本の指先に魔力を集中させる。
ぼっ、ぼっ、と指に赤、青、黄、緑、黒、白の魔力光が灯っていく。
『うはwww6属性同時発動wwww』
『怪 物 光 臨』
『ヤバすぎワロリッシュwwwwww』
『待て待て待てwwwwクインだって三つやって世界初だっただろwwww』
『同接70万突破おめ』
『おい、この子アークちゃん助けたあの剣士だわwwwそれ以外あり得ねえwwww』
『YABEEEEEEE!!』
「――行くぞ」
集めた魔力を練り上げ、解き放つ。五色の光の奔流となって投射され、腕を幾重にも纏めて守ろうとするヘカトンケイルを飲み込んだ。
「!?」
数十本の腕が一斉に爆ぜ散り、消し飛ぶ。
「アァアアアアアア!!」
苦痛と怒りに狂ったのか、ヘカトンケイルはそれでもまだいくつか生き残った腕を振り回し、棍棒や大剣をやたら滅多に打ち下ろす。
・スーパーチャット
『¥50.000 耐性は魔法だけじゃないよ! 剣、槍、斧で攻撃しないとダメなんだ!』
さっきの人だろうか。的確なアドバイス、有難い。
「なら――什匣、オープン!」
掌の黒い箱から俺は武器を呼び出し周囲に突き立て、並べる。
『俺たちは今、伝説の瞬間に立ち会っている!!』
『ここまで来たらもう止めないぜ!! やっちまえ!!』
『殺せ殺せ殺せ!!』
『同 接 1 0 0 万 人 おめ』
『いけぇ、やったれお姉ちゃん!! 伝説を作れ!!』
「ウガァアアア!!」
ヘカトンケイルが突進してくる。
「遅いって――、」
突き出された拳を高く撥ね飛んで躱し、槍の穂先を真下へ向けて急降下。
「言ってるだろ!!」
ザクッ、と肉を抉る感触と共に掌を地面に縫い付けた。
「―――!!」
痛みに涎を撒き散らして発狂するヘカトンケイル。血走った目が俺を捉え、二本の手が怪物の口のように爪を突き立てて肉薄してきた。
対し、俺は二つの巨大な戦斧を掴み取り、ぶん投げた。回転しながらすっ飛ぶ斧は両方ともザックリ、と掌をぶった切っていき、肘まで到達すると勢いそのままに飛び去った。
「アガァアアアアア!?」
ついにスバルを掴む手がフリーになる。
やっと捉えたぞ、このクソ野郎。
「お、お兄……」
意識が朦朧としてるのか、それでも必死に頑張るスバルに向かい、俺は走った。
振りかざした剣に虹色の瞬きが宿る。
「ご、ガアアア!!」
最後の抵抗か、スバルを掴む手で身を守ろうとするが、もう遅い。
「星弾剣」
魔王四天王の一人、魔眼の大巨人を滅ぼしたスキル。
剣を振り抜くと、その刀身が虹色に変化――そこから漏れる粒子のような光が魔の弾丸となり、舞い散る。
「――ぶっ飛べ」
剣に宿った巨人殺しの力が炸裂。魔弾となって射出され、ヘカトンケイルの巨躯を撃ち抜いていく。全ての弾は俺の魔力で制御されるので、あいつが何をしようとスバルに当たることは無い。
「グオオオオ!!」
夥しい弾雨に晒されても怒気と敵意を孕んだ目が俺を睨みつけてくる。
この攻撃を耐え抜けば、と考えているのだろうか。
「浅はかだな、お前」
俺が剣を動かすとヘカトンケイルを撃ち抜いた弾丸が再度、戻って来て再び奴を容赦なく巻き込んだ。
「アガアアア!?」
最早、あいつに成す術はない。
「トドメだ」
縦横無尽に舞う弾丸たちへ、最後の指令を下す。
――顔面を撃ち抜け。
指示に従い、まるで一匹の生き物のように蠢き、ヘカトンケイルのツラへと殺到した。悲鳴すら上げる余裕もなく、瞬く間に穴だらけにされる。その様は肉食獣に食い散らかされたかのようだ。
「おっと」
「わぷっ!?」
手から解放され、落下してきたスバルを抱き止める。幸い目立ったケガはないが、病院に行かないとな。
「オ……オォォ……」
背後ではヘカトンケイルの長い断末魔が続くが、やがて途絶え激しい地響きを立てて倒れ込んだ。




