二十一話 ゲスト出演の誘い
サツキと別れ、病院を後にした俺たち。まだ退院と決まったわけでもないが、さっきのアレは大きな進展だったらしい。サツキだけではなく、担当医と看護師にめちゃくちゃ感謝された。
家に帰ると、丁度母さんが夕飯を作っていた。
「私はそろそろ社長の元へ帰ります」
宇佐美さんはタクシーで会社に帰っていった。父さんもまだ仕事で帰れないらしく、夕飯は先に済ましてくれと電話してきた。
「今日は奮発してホウちゃんの大好きなスキヤキよ~」
食卓には真ん中に鍋が置かれ、ぐつぐつと焼かれる牛肉やシラタキ、豆腐、ネギなどが香ばしい香りを生み出していた。
これは空腹になる時間帯と相まって、物凄い食欲を誘ってくる。
「わぁ、凄い!! パパと一緒に食べたかったなぁ……」
俺とスバルは隣同士に座り、対面に母さんが座った。テーブルには定番の生卵と熱々の白米もある。
「じゃあ、無事に帰ってきたホウちゃんを祝って。いただきます」
「「いただきます」」
……久しぶりの母さんの手料理だ。今まで一人で食ってきたジャンクフード系やカップ麺も普通においしかったが、母さんの料理は不思議な安心感を与えてくれる。
容器に生卵を入れてかき混ぜる。俺はネギとシラタキ、肉を掴んで黄身に浸し、口へ運んだ。
「……美味しい」
甘辛いタレが沁み込んだ肉、程よい硬さのネギがアクセントを生み、ツルツルのシラタキ、それらを生卵の黄身が包み込む。
暖かいご飯も一緒に掻き込み、二年ぶりの母さんの料理を堪能する。
「ホウちゃんの食べっぷり、久しぶりに見たけど、ホント作り甲斐があるのよね」
母さんは笑顔で俺を見つめていた。そうかな? 美味しいし、作ってくれたからには全て綺麗に食べる、っていう父さんのモットーを守ってるだけだけど。
「お兄ちゃん、食べる事好きだもんね」
「まーな。料理配信もしてるし」
「あのチャンネル登録者一人のデフォルトの奴でしょ? あんなんじゃ、バズんないよ?」
「ぐ……でも、今は人気にならなくても良いよ。家に帰れたし」
「アタシの配信で紹介すれば、十万人くらいならヨユーなのにね」
「……そういうのは、なんかフェアじゃないって言うかさ。自分だけの力で盛り上げたいじゃん?」
有名人に紹介してもらうのも、立派な配信の戦略の一つだろう。でも、俺はまだ始めたばかりなんだ。最初から妹の築き上げたネームバリューに頼るのは、少々カッコ悪い。
それに頂点を目指すなら、料理じゃなくてダンジョンの攻略で、だ。50秒の奇跡の画像を最高のタイミングで明かして、一気に駆け上がる――なんて、妄想してたりする。
「律儀というか、糞真面目というか。まあ、そういう所が好きなんだけどね」
スバルは箸でズゾゾゾ、と肉を一気に巻き上げる。
「おま、肉獲りすぎだろ!? チーズフォンデュじゃないんだぞ、箸に絡めるな!」
「え? だってアタシは成長期なんだもん。栄養は沢山取らないと。クインさんみたいなナイスバデーな配信者になるんだから!」
ドヤ顔で語ってるが、正直言って体つきの方も俺と絶壁なんだよなぁ……。
その栄養とやらは何処に行ってるんですかね? 俺もお前も母さんのアホ毛は遺伝したのに、身体の方は駄目みたいだな。
別に俺はこの体型でも良いんだけど。
「お兄ちゃん、今、ゼッタイ失礼な事考えたでしょ?」
「何の事やらー」
「あらあら、本当仲いいわね。そのやり取り、久しぶりに見れてお母さん、嬉しいわぁ。でもね――」
母さんの表情が変わる。笑顔のままではあるが、目が笑っていない。
「スーちゃん。そういうお行儀の悪い食べ方は、感心しないわねぇ。今日はお兄ちゃんのお祝いなのよ?」
「は、はひ……ご、ごめんなさい」
涙目になるスバル。
そう、母さんはコワイ。怒ると、めちゃくちゃ……!
「ご、ごめんね。お兄ちゃん」
「もう気にすんなって」
食後、洗い物の片づけを手伝った後、俺はスバルの部屋に通された。俺の自室は手付かずで残っているが、簡単な掃除しかされてないので埃っぽく、今日は使えそうにない。
スバルの部屋はミドルタワーのゲーミングPC一式と、壁掛けのテレビが目を引く。女の子らしいタンスやドレッサーもあった。
「……それでさ、アタシは食後の配信を軽くやるんだけど、お兄ちゃんさ、ゲスト出演しちゃう?」
「んー……」
かなり有難い誘いだった。スバルの配信を間近で見られるのだ。料理配信に生かせるヒントもあるかもしれない。
「どこでやるんだ?」
「八十二号ダンジョン……【逆ランドマークタワー】にしよっかなって」
「関東有数の難関ダンジョンなんですが」
地下七十階。当時、個人配信者だったギガキングが踏破し、一躍その名声を広めたところで有名なダンジョンだ。
そのデカさは神奈川最大。日本全体で見ても東京最大のダンジョン【空の立橋】や富士山の百号ダンジョン【氷風大樹海】に次ぐ規模になる。
「まあまあ。難しいダンジョンでやると、リスナーさんたちも喜ぶからさ。それに浅い場所を少しお喋りしながら歩くだけだから。お兄ちゃんも出ようよ!」
俺は時計を見る。時刻は七時半。ダンジョン配信者は未成年でもライセンスを所有しているに限り、特例が認められる。俺は持ってないから夜は特に気を使っていた。
まあどっちにしてもスバルはすぐに配信を終えるだろうから、あまり母さんを心配させるような時間にはならないハズだ。
「逆ランドマークは高レベルダンジョンだけど、ライセンスが無くても大丈夫なのか?」
「パーティを組んでるなら、代表者がライセンス持ちならオッケーだよ。夜間出歩きは全員持ってないと、アウトだけどね」
「……ならさっさと行こう」
「ってことは!?」
スバルはキラキラした目で俺を見る。なんか犬みたいだ。ブンブン振ってる尻尾の幻覚が見えそう。
「出るよ。色々、参考にしたいからよろしく頼むわ」
「うん! 今日は絶対、コメント欄白熱するね!」




