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十九話 悩める雨の星


 国立大附属D病医療センター。

 主に市内のダンジョン配信者やそれに関連する怪我人、病人を収容し治療する施設である。


 ダンジョン内の魔物は、中には呪いや未知の病原菌の保菌者となる種も存在し、そういった存在から感染した場合、既存の治療では対処できない。

 そこで国が主導となり、専門の医療施設を設け対応に当たっていた。麦星アークもケガこそホウキの力で完治していたが、未知の魔物から受けた咬傷から来る感染症を危惧され、この施設に搬送。


 その疑い(ホウキのアイテムで感染症自体も既に無力化されていた)が晴れてもなお、ある理由で入院生活を余儀なくされている。


「サツキちゃん、今日はもうこの辺にしましょう? 無理して、身体を壊したら、ね?」


 看護師の女性が優しく呼びかけるが、麦星アーク――本名、雨宮サツキは首を振った。


「あともう少しだけ、お願いします。もう少しで掴めそうなんです」


 訓練用のモデルガンの豊和M1500を構える。病院内に用意された入院患者用の射撃訓練場だ。遠くにあるのは、小さな的。本来のサツキ――、麦星アークであれば造作もない的だった。

 ――しかし。


「……っ」


 トリガーを引く一瞬、痙攣する手元が狙いを狂わせる。発射された弾は的に当たりはするものの、自分が狙い定めた個所ではなかった。


「……くそぉ」


 銃を握るたび、スコープを覗くたび、微かに手が震える。それが悔しくて、腹立たしくて、サツキはやり場のない怒りを愛銃にぶつけそうになってしまい、振り上げた手を力なく下ろした。


「先生も言ってたでしょう、震えは時間をかけて克服するしかないって……」


「分かってます。分かってるけど、悔しいんです。あんな魔物に後れを取ったことも、あんな風に取り乱してしまったことも」


「……良い? あなたは危険な目に遭った。むしろ、それだけで済んでいるあなたのメンタルは素晴らしいものなのよ。だから、ね?」


 看護師もサツキのカメラが残した動画を見ていた。足に噛みつかれ、引き摺られる恐怖。悍ましい怪物に迫られ、命の危険を思い知らされる恐怖。

 

 まだ中学生の子供には耐えられない感情だ。

 否――大人でも無理だろう。


 本来ならもっと重篤な症状――それこそ、PTSDを発症してもおかしくないストレスを受けたにも関わらず、既に彼女は手の震え以外の問題は克服していた。

 ダンジョン配信者として鍛えられた賜物か、生まれついての強さか。看護師も舌を巻くほどの強靭さだった。


 ――後は何かのキッカケさえあれば、完全に乗り越えられるハズ、と担当医も看護師も推測し、故に無茶をさせないよう口を酸っぱくして言い聞かせるようにしている。


「……分かりました。部屋に、戻ります」


 涙ぐんで仏頂面のサツキが戻ろうとした時だった。


「あの、すみませーん。受付に聞いたらここにサツキちゃんいるって、聞いたんですけど」


 訓練場のドアが開かれる。現れたのはサツキの親友のスバルだった。その後ろから、スバルにそっくりな少女と付き添いと思われる女性が一人。流れるような所作でお辞儀をしたので、看護師も慌てて頭を下げた。


「あ、いたいた! サツキちゃん」


「……プレ、じゃなかった。スバルちゃん」


 悟られないよう、サツキは涙を乱暴に拭った。


「はい、これ。お土産のクッキー。ママが焼いてくれたの」


「ん……ありがとう」


 ポップなラッピングが施された袋を受け取る。それから、サツキは付き添いの女性――宇佐美を見て、軽く頭を下げた。宇佐美も同じように会釈する。


「……あ」


 最後に水色の髪の少女を見る。不意にとある言葉が頭の中で再生された。


『んーっと……勇者です』


 交わした言葉はそれだけ。

 顔も面頬に覆われていて誰だか分からない。唯一、目元と水色の髪の毛だけが記憶に残っている。


 だがサツキからすれば、仮令一つでも手掛かりがあれば結び付けられる。斥候としてのスタイルを主軸に活躍していた恩恵か、観察力や洞察力も鍛えられていたのだ。

 目の前の少女が、あの時の剣士と見抜けたのも当然だろう。


「あの! ………」


 言いかけてちらり、と看護師や他のリハビリ中の患者たちを見る。ネット上では、動画は〝奇跡の50秒〟と称賛され、有名になっている。今も彼女の素性が明らかになってない中、自分がその正体を告げたら良い意味でも悪い意味でも大騒ぎになるのでは? と考える。


 念のため、と用心してサツキは少女に近づき、そっと耳打ちした。


「……君が、ボクの命の恩人、だよね」


「そう、なるのかな? うん」


 やっぱり、と思うと同時。心臓も大きく跳ねる。まるで白馬の騎士のように颯爽と駆け付け、助けてくれた王子様。あの悪夢のような魔物を一太刀で斬り捨てた姿は、物語のヒーローそのものだった。


(あ、女の子だから王女サマになるのかな……)


 そんなサツキを余所に、少女はニコリと笑いながら話しかけてきた。


「俺は大東ホウキ。スバルの兄……姉、です」


 その微笑みにまたドギマギしてしまい、誤魔化すように妹の方へ振り返る。

 

「……スバルちゃん、お姉ちゃんいたの?」


「あー、うん。今まで訳アリで、ちょーっと隠してて……ゴメンね?」


「別に良いよ。でも……少し、驚いた」


 そう言ってサツキはホウキに向き直ってペコリ、と頭を下げて挨拶する。


「改めまして、ボクは雨宮サツキ。ステラ・スフィアーズでは麦星アークって名乗ってます」


 これが、二人の二度目(実質、初めて)の出会いであった。


雨宮サツキ(五月)→五月雨→五月雨星(麦星)→アークトゥルス→麦星アーク

豊和M1500が白黒模様なのは、牛飼い座に因んで牛模様にしたから

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