一話 拝啓魔王様へ
地球にダンジョンと言うものが出現したのは、つい最近の出来事だった。複雑に入り組んだ地形、地球の生態系から逸脱した生き物、未知のお宝……それは人々の冒険心を刺激し、瞬く間に世界的なブームとなる。
しかし俺はダンジョンに興味を感じない。何故ならここよりもっと過酷で、もっと凄い財宝が眠っているダンジョンをいくつも踏破してきたからだ。
せっかく帰って来たのに、何だかこれじゃ向こうにいた時とまるで変わらない。だけど……俺みたいな住所不定無職の流れ者には、丁度いい食い扶持でもあった。なんせ内部は宝の山。財宝は無論、倒した生物の死体も高値で買い取ってもらえる。
俺は突き刺した剣を乱雑に引き抜き、軽く振って血を払う。
ダンジョンの生物はライオンやトラ、チーターと言った肉食獣なんか足元にも及ばないくらい強く、恐ろしい。ダンジョンが出現して間もない頃、自衛隊の普通科連隊が送り込まれ、壊滅的な被害を受けて戻ってきた話は今も語り草である。
だから人々は畏怖の念を込め、ダンジョンに棲むものを【魔物】と呼んだ。
魔物の脅威は一時、人々をダンジョンから遠ざけるもすぐに対抗するための力が発見された。ダンジョンには【スキル】【魔法】と言った異能を覚えるのに必要な財宝やアイテムがある事が判明したのだ。
こうして人類は魔物と戦う力を手に入れ、ダンジョンは日常の一部になっていく。
「……この辺で引き上げるか」
倒した魔物に向け、手を翳した。
「什匣」
掌に真っ黒なケースが出現し、積み重なる死骸が次々と吸い込まれていく。全て収納されたのを確認すると、誰かに出くわす前に足早に立ち去る。
高レベルダンジョンは申請が不可欠だ。でも俺にはその申請に必要な住所も個人情報も職もない。言ってしまえば存在しない人間なんだ。
何故そうなってしまったのか……原因は一つ。あの糞バカ魔王が俺に呪いをかけやがったせいだ。俺は異世界であらゆるスキルや魔法、職を極め、状態異常耐性も完璧に仕上げていた。なのにこのザマである。
……正直、油断していたんだと思う。あいつは死に際、全力の魔力を込めて呪詛を放ったのだ。奴との戦いで疲弊し、防具も破損していたのもいけなかったのだろう。俺は奴の呪いを食らってしまった。今でもあの時のドヤ顔を思い出すと、怒りが込み上げてきた。
「ひ、ひえ」
通りすがりのサラリーマンのおじさんがこちらを見て、縮み上がっている。
……殺気を出し過ぎたようだ。すみません。
とにかく、あいつのせいで俺は愛する妹にも両親にも会えない。
代わりに顔なじみになったのが……。
「お疲れ様です」
人気のない路地裏。薄暗がりの中から、中肉中背のスーツ姿の男が出てきた。一見くたびれたサラリーマンにしか見えないが、帯びる雰囲気はカタギではない。開いてるんだか閉じてるんだか分からない糸目男に、俺は手を突き出す。
「什匣、オープン」
ドサドサ、と今日の成果が吐き出される。
「今日も大漁ですね。いやはや、有難いものです。……おい、運べ」
男の合図で作業着姿の連中が、こなれた手つきでそれらを回収していく。
「報酬はいつもの口座に振り込んでおきますので、後ほどご確認を」
「分かりました」
「では」
男はふっと暗がりに消える。俺も踵を返し、立ち去る。ライセンスが無い以上、正規の場所で魔物の死骸を売ることは出来ない。売れなければ、金が手に入らない。金が無ければ生きられない。ならどうするか?
非正規の奴らと取引するしかなかった。最初は俺の姿を見て侮ってきたが、その都度腕ずくで分からせてやった。
そうやっていると、本物が向こうからコンタクトを取ってきた。魔物の死骸は世界中の好事家に高値で売り捌けるらしい。
世界を救った英雄が、自分の世界ではコソコソ隠れて裏バイトとか情けなくて泣けてくる。
――ああ、拝啓魔王様。ぜひ復活してください。必ずお礼参りに行きますので。勇者ホウキより。