十六話 ステラ・スフィアーズ
俺が異世界へ渡ったあの日から暫くして、それは突然〝起こった〟。
世界各地に突如として開かれた未知の世界への入り口――ダンジョン。
内部には未知の生態系が作られ、地球上に存在しない鉱石や財宝に溢れ、スキルや魔法と言った異能を人類に与えた。
父さんは俺がそこへ迷い込んだのでは? と考えたらしい。確かに警察が数千人体制で徹底的な捜索を行ってもハンカチ一つ見つからなかったのだから(実際の俺は異世界にいたわけだけど)、残された場所はいきなり現れたダンジョンしかない。
しかし当時はまだ、攻略法や専用の装備、その他ノウハウ等は一切ない状態だ。
おまけに政府が調査のため,、送り込んだ陸自の普通科連隊が壊滅すると言う大惨事。
最初は盛り上がっていた人々は恐れを抱くようになり、次第に近寄らなくなった。
父さんはラグビー部で鳴らした肉体を生かし、ダンジョンに潜る物好きたちと一緒になって日々、俺を探し続けたのだという。
だが、ダンジョンは世界中に生まれた。日本だけでも数百か所、しかも複雑に入り組み、無数の罠と強大な魔物たちが支配するダンジョンもある。
ある日、大怪我して帰ってきた父さんは母さんに泣かれた。
「こんな事を続けていたら、あなたまでいなくなってしまう――」と。
そこで父さんはやり方を変えた。知り合った人たちと情報を交わし合い、ダンジョンで生き残れるためのマニュアルを編み出した。財宝やアイテムを分析し、戦いに生かすための戦術を構築した。
そしてそんな人たちと手を取り合って、会社を興した。安全なダンジョン探索のための会社――ステラ・スフィアーズ。
ダンジョンの資源を無視できない政府も協力を惜しまなかったという。
そうした努力の甲斐あって、人々は再びダンジョンに興味を持ち始めた。
「スバルがダンジョンに潜りたい、って言い出したのもそのくらいだったな」
父さんは思い出すように言う。
「『アタシだってパパの子供だ。戦い方を教えて欲しい、強くなってお兄ちゃんを探しに行く』ってな」
最初は反対し、とんでもない大喧嘩になったよ、と母さんと笑い合う。でも最後は根負けして、戦うための武器とスキル、魔法をスバルに教えた。
実は、父さんは生身で上級のダンジョンを攻略していたのだ。与えたのはそこで手に入れたものだという。
「それでもお兄ちゃんは全然見つからなくて、どうしようか考えて……配信者って答えに辿り着いたの。こちらから見つけられないなら、物凄く有名になってサ、アタシたちはここにいるよって全世界に伝えるために。迷子になったお兄ちゃんが帰ってこれるように、ってね」
スバルはステラ・スフィアーズの企業ロゴを見せる。
真ん中に大きな星が描かれ、その周りを巡る四つの小さな星。そして星々を囲うように流れる一つの彗星。
「これって……」
「真ん中がアタシ。で、上の星が優しくみんなを照らすママ。下が縁の下の力持ちのパパ。右が大親友のアークちゃん。左がずっと会社を支えてくれた宇佐美さん。それでこの彗星……ホウキ星がね」
スバルが俺を見つめる。
「お兄ちゃん!」
星空から零れ落ちた独りぼっちのホウキ星がスバルに導かれ、星団の元に帰る。
そんな想いが、込められて作られたのだという。
もうさ……十分泣いたんだよ。これ以上、目頭を熱くしないでくれ。
一年前に戻れるなら、引っ叩いてでも家族の前に連れていきたい。誰もお前の事は、見捨てたりしないって。




