十五話 家族
TS百合要素はもう少しだけお待ちください…
「……そう。そういう事だったのね」
俺は今、懐かしい自宅のリビングで椅子に座り、二年ぶりに母さんと再会していた。茶色い髪の毛をうなじで一纏めに結び、頭にはスバルや俺と同じアホ毛が揺れる。昔トライアスロンをやってたのでスタイル抜群、年齢を聞かれると驚かれるらしいが、確かに今見ても二年前のままだった。
スバルに連れられ、家に帰った俺は全ての出来事を余さずに伝える。
異世界で勇者になって魔王と戦ったこと。
たくさんの仲間たちが出来たこと。
魔王を倒して平和を作り出せたこと。
性別が変わってしまったこと。
ずっと一人で決めつけて……地球に帰ってから一年間も無駄にしてしまったこと。
俺が説明する間、ずっと母さんは相槌を打ってくれる。いきなり怒ったりはせず、まずは話を聞いてくれるんだ。
優しくて、温かい。そんな母さんを信じられなかった自分に嫌気が差す。
「あの……、ごめんなさい」
だからその呵責に耐えられなくて、また謝った。謝っても謝っても、謝り切れないと思う。
「そうね。私やスーちゃん(スバルの愛称)、お父さんの事を信用してくれなかったのは、ちょっと悲しいかな」
――でも、ねと続ける。
「今こうして、ホウちゃんが帰って来てくれた。それだけで、もう十分よ」
両手で抱き締められた時、今まで張り詰めていた何かが切れる。
気づいたら、バカみたいに涙が止まらなかった。
そういや久しぶりに泣くなぁ、俺。
異世界では弱さを見せられなかったから、どんなに辛くても前へ、前へ進むしかなかった。
泣いても良い場所なんだ、ここは。
「あはは、お兄ちゃん泣いてる……」
「うるせー……ギャン泣きしてるお前に言われたくねぇよ」
母さんは落ち着くまで、そのままでいてくれた。
「――それにしても」
俺はズルズルの鼻をかんで、泣きはらした目をタオルで拭いてから暫くして。
母さんは俺とスバルを交互に見る。
「ほんっとホウちゃん、スーちゃんにソックリねぇ。男の子の時はお父さんに似てて、カッコよかったけど、今の可愛いホウちゃんも良いわよ」
「そ、そうかな」
「うんうん、だからあんまり思い詰めないでいきなさい。これからは母さんたちがついてるんだから」
「……分かった」
俺が頷いた時だった。家の前で車の急ブレーキ音が鳴り響く。そしてバタン! と玄関扉が乱暴に開かれ、ドタドタと足音が近づいてきた。
そしてリビングの扉がすっ飛ぶんじゃないかってくらいに開け放たれ、そこからクマのような巨漢が姿を覗かせる。
「母さん!! ホウキが、ホウキが帰ってきたって本当か!? どこだ、どこにいる!!」
盛り上がる筋肉でスーツははち切れそうだ。髪の毛は短く刈り上げた黒髪で、厳つい顔面には爪痕のような傷が四本、額から右目にかけて走っている。
「あらあら、目の前にいるでしょ?」
「目の前、だと!?」
巨漢はキョロキョロと見渡し――、俺と目が合う。
「……ただいま、父さん」
俺は遠慮気味に手を上げ、挨拶する。そう、この人が俺の父親。何か素手で成体のヒグマと殴り合ったとか、走ってくる大型トラックを正拳突きで破壊したとか、鉄棒を三本まとめてへし折ったとか、そんな逸話を持つ人。
「お、おおお……その感じ、その気配、分かるぞ」
「……へ?」
「お前は間違いなく、俺の息子だ!」
「うわぁ!?」
またしても抱き締められ、頬ずりまでされる。
無精ひげが顔に刺さって……地味に痛い!! あと、汗臭い!!
「良く帰って来たなぁ、ホウキぃい! 会いたかったぞぉ。今日は一緒にお風呂に入って積もる話を……」
「ちょ、パパ! それ今のお兄ちゃんにやると、セクハラになるから! ゼッタイ、ダメェ!!」
「痛い痛い痛い、うっ、臭い……」
「あらあら」
なんだ、この状況……。
あー。でもすっげえ楽しくて懐かしい。そうだ、これがウチなんだよな。
「……コホン、あの、社長」
咳払いが聞こえ、そちらを見ると扉の所に黒いスーツをピシッと決めた女性が立っていた。黒髪に黒縁の眼鏡。いかにもやり手な女性……そんなイメージ。
……社長?
「あら、宇佐美さん。一緒に来てたんですね」
「はい。社長がデスクワーク中、いきなり電話に出たかと思ったら『ホウキ!!』と叫んで、飛び出したもので……掃除用具を買いに行くのかと思って、一先ずついてきたのですが……」
「あらあら、お父さん。仕事中に抜け出すのは、駄目じゃなくて?」
「う……し、しかしホウキが帰ってきたんだぞ! ジッとなどしておれるか!」
仕事……? そういや今日は祝日だけど、父さんはブラック企業に勤めてるのか?
「なあ、父さんって何の仕事してるんだよ?」
「え? 知らないの? お兄ちゃん、地球に戻って一年くらいはどっかで過ごしてたんでしょ?」
「うん、まあ」
「あ! さてはだらしない生活してたのかな? すこーし気を抜くと汚部屋になって、寝てばっかの生活になるもんね。外の情報なんて知らんぷり」
「う……」
アパートの惨状を思い出し、言葉に詰まる。
「はぁ……じゃ、教えてあげるね。パパはね、なんと……!」
「なんと?」
「株式会社ステラ・スフィアーズの代表取締役社長なんです!」
……え?
「ステラ・スフィアーズって、アークやプレアデスの所属事務所だよな?」
「うんうん」
「日本でも有数の有名企業で。ダンジョン配信の最大手で」
「うんうん」
「その社長が、父さん?」
「うん!」
俺は父さんを見る。自慢げに親指を立てた。
「えぇええええええええ!?」




