十四話 巡り逢う二つの星
アークが見つかり、穴も塞がったダンジョンは静けさを取り戻していた。規制線だけは残っているが、それを見張る警官たちはもういない。
俺はチャリから飛び降り、ダンジョンへ駆け込んだ。人目も憚らずに夜光霧を最大光量で打ち上げ、急いで最下層へとダッシュする。
どこだ? どこで落とした? 辺りを見渡し、岩の割れ目や鍾乳石の影を覗き込む。
「……あるなら、この辺りに」
罅割れた岩肌を隈なく凝視し、昨夜の足取りを思い出す。
「あ……!」
その時……、小さな隙間の陰に隠れるように挟まっていたスマホを見つけた。俺はそれをゆっくりと拾い上げ――、思わず頬ずりする。
「良かったよぉぉぉ……もし、警察に持っていかれてたら……」
俺は重要参考人として呼ばれ、戸籍も個人情報も無くて……怪しい業者との取引記録を見られ……。
「うう、もう絶対離さない。お前は俺の傍に居ろ」
ドッと安心感が押し寄せ、軽い足取りで地下二階まで登ってきた所だった。
「ん?」
誰かいる。慌てて姿を消そうとしたが、よく見れば警官ではなく私服姿の女の子だった。ピンク色の髪に、特徴的なアホ毛。その瞳はピンクと水色のオッドアイ。肩で息を切らしているが、どうしたんだろう。
一応、挨拶くらいはするか~と思って近づいていくと。
「はぁ、はぁ、……お兄ちゃん」
「へ?」
何この子……俺が男に見えるの?
「――って、まさか、君、プレアデス!?」
俺はギョッとして後ずさった。あのアークと同じ事務所に所属する超売れっ子ダンジョン配信者、プレアデス。何で、まだここに来るんだ?
「……君、か。それにアタシは今オフだからさ、そこはスバルって呼んでくれない?」
「ッ、じゃあお前やっぱり――」
駆け出そうとして、立ち止まる。今の俺の姿を見て、妹が分かる訳がない。説明したって……。
「もう分かってるよ。お兄ちゃんなんでしょ? 姿が変わったったって、アタシには分かるよ」
「……何で、分かった?」
プレアデス――いや、スバルは手の甲を指差す。
「?」
「覚えてる? アタシが昔、近所の犬に襲われかけた時。あの時、お兄ちゃんは助けてくれた。そのせいで右手に大怪我をしたよね? その傷は今でも残ってるでしょ?」
俺は右手を見る。スバルの言う通りだ。TSしてもこの傷は変わらず残されている。
手の怪我なんて何の証拠にもならないと思ってたが。
「あの魔物の料理作ってる動画にも手が映ってるでしょ。あれで分かったの」
「おま、あんなリスナーさん一人がやっと見てくれてるチャンネルを見つけ出したのか!?」
「うん。本当に、偶然だけど」
マジかよ……つーか、あのプレアデスがやっぱり俺の妹で、しかも俺を探し出して……。
頭が、ついて行けん。
「――どうして?」
「え?」
「どうして、あの時アタシたちの前からいなくなったの? アタシが、我が儘を言ったから? どこにもなかったオモチャを無理言って探させたから、イヤになっちゃったの? それとも――」
「――違う」
俺はスバルの言葉を遮る。
「誰が、お前を、母さんや父さんを見捨てるかよ!! 俺だってずっと、ずっと……会いたかった。でもやっと帰れると思ったら、こんな身体になって……、どうすればいいか、分からなかったんだ」
もし、信じて貰えなかったら?
もし、追い払われたら?
もし……、拒絶されたら?
みんな大好きだ。スバルも、母さんも父さんも。
だから怖かったんだ。
見捨てられるのが。こんな身体になって、あなたの息子ですなんて、言って誰が信じるのかって。
魔王の今際の言葉が、心に楔を打ち込んでいた。
――変わり果てた姿で帰った時、誰が貴様を迎えようか? その姿で命尽きるまで孤独に狂い、苛まれろ――。
「……異世界に迷い込んで、俺は一人だった。やっと頼れる仲間が出来て、世界を救って、俺は家に帰る時が来た。今すぐに会いに行きたかった。会いに行って、ただいまって言いたかった……でも怖かったんだよ。信じて貰えなくて、拒絶されるのが」
俺は視線を落とす。大好きだからこそ、その一歩が踏み出せなかった。勇者なのに、勇気を出せなかった。
「はぁ……、あのね」
すぅ、とスバルは息を吸い込んで。
「――アタシたち家族をナメるなッッ!!」
ビリビリと空気が震える。何をしても俺の後ろについてきて、泣き虫だったスバルが本気で怒る姿を、俺は初めて見る。
「姿が違う!? 信じて貰えない!? 拒絶される!? 何ソレ! アタシやパパやママが一度でも、一度でもそんなことをした!? 姿が違うから何!! お兄ちゃんがいなくなって、アタシたちがどれだけ色んな人をお兄ちゃんと見間違えたと思う!? それくらい、それくらい心配してたのに――、姿が違うくらいで信じないワケないでしょうがっ、このバカバカバカァ……」
スバルはそこまで言うと、泣き崩れた。
ああ、そうか。
俺は、本当に、底抜けの馬鹿だったんだ。
勝手に決めつけて、勝手に思い込んで、勝手に壁を張って閉じこもって。
魔王に勝ったとあれだけ自慢したくせに。
色んな技を覚えて、色んなアイテムをゲットして、もう怖いものなんか無いって嘯いて。
俺はいつまでも魔王の陰に怯えていた。
「……ゴメン」
泣きじゃくるスバルを抱き締める。懐かしい匂いがした。
毎日毎日、綺麗に洗濯して干してくれる母さんの香り。どんなに服を汚してもいつもいつも、新品みたいにしてくれた。
無骨で不愛想な父さんの微かに漂うタバコの匂い。もう家の中で吸わないんだろうか? 母さん、キレたら怖いもんな。
そして、俺の大切なスバルの香り。こまっしゃくれたスバルを揶揄うつもりでプレゼントした、安っぽい香水の香り。
――お前、未だにあんなの愛用してんのかよ。
「ただいま」
心の中に蟠っていたものが消えていく。
もしかしたら魔王の真の呪いの効果って、俺を孤独へと誘おうとする事だったのかもな……。
「うん、お帰り」
スバルは太陽のように眩しい笑顔を見せてくれた。
名前の意味
スバル=プレアデス=星団なのでたくさんの友達や家族がいる意味。
ホウキ=ほうき星=宇宙をひたすら彷徨う流星。その旅先で色んな星(人)出会うけど、最後は独りぼっちで世界を巡る孤独な存在、と言う意味。同時に自由に行きたい場所へ駆け抜ける、と言う意味も。
でも最後はプレアデスの重力に引き寄せられ、衛星になる(こじ付け)




