十二話 やらかし
俺がアークを救出してからは、テレビもネットも驚天動地の有様だった。本当はアークを病院の前まで連れていき、そこで誰かを呼んでから去るつもりだった。でも現場を見張っていた警察犬に臭いを嗅ぎつけられ、吠えられたのでそのまま撤退した。まあ、ケガは治したし大丈夫なはず。
『先生。結局、あの穴は何だったのでしょうか?』
昼のニュースの司会者が、スーツ姿の男に問いを投げかける。ダンジョン研究家と名札が置かれた初老の男はもったいぶるように話し出した。
『恐らく、その未知の魔物たちが作った巣穴でしょう。でもその魔物が倒されたので、穴も消えた。そういう事でしょう』
『はぁ』
あーあ、テキトーな事言ってらぁ。司会者も微妙な顔になってんじゃねぇか。
『確かに穴は消えてしまい、現時点でも再び開かれる兆候はありません。他のダンジョンも特に異変は無いようです』
司会者の言う通り、特異性落下世界に通じる穴は消えた。跡形もなく。あの世界を消す方法は、魔王が原因となるダンジョンをリセットするしかないって、四天王の奴は言ってたが……一体どうなってんだろう。
そもそもあの世界を生み出せるのは、魔王のダンジョン生成から生じるバグしかない。
でも俺が見たあの時のボスの挙動。
明らかに誰かに使役されていた。
つまり、あの世界を意図的に作り出している奴が地球にいる。
一体誰が? 魔王はもういない。この手で滅ぼしたし、もしいるならバルシュヴァリオンが反応する。これはマナの有無に関係ない、剣そのものの特性だ。
じゃあ魔王以外の存在? 魔王以外でダンジョンを構築できるのは、四天王くらいだ。しかもそのうち、三人は俺が倒した。
最後の一人、俺に特異性落下世界を教えてくれた奴は魔王を裏切り、最後は共に戦った仲だ。
元々、穏健派の代表格でタカ派の魔王らとは対立関係にあった奴だし、現在は敗戦国の責任者として異世界で復興作業に尽力している。あいつが裏切るはずがない。もし裏切るなら、とっくに寝首を掻かれている。
確かに、何かがいるのだろう。強い悪意を持った奴が。
「はぁ、せめて地球にもマナがあればな~……」
便利アイテム使いまくって、最低限の備えは作れるのに……。
頭を抱えて机に突っ伏す。その時肘がカップ麺に当たり、倒れて中のスープがズボンにぶっかかった。
「あっっつぅ!? だああああああ~、もう! 何やってんだよ……」
俺はズボンを脱ぎ捨て、洗濯機に放り込もうとして手を止めた。
「あ、スマホ……」
ポケットをまさぐる。
無い。
反対側。
無い。
………。
……あっるぇ? 無い? 何で?
床。
無い。
ガラクタを押し退ける。
無い!
お、落ち着け……。そうだ。電話をかけるんだ。着信音で居場所が割れるハズ!
俺は家電からスマホにかける。
……何も聞こえない。
バイブの音すら。
落とした? どこで?
まさか、特異性落下世界?
でもあの穴は電波届かないし、今はもう消え去った。電話する先が無くなったら、電波が届かなくてお繋ぎできませんとか言われなかったっけ?
そういうアナウンスはない。コール音だけが続く。
……ま、さ、か。
まさかまさか、まさか!!
昨夜の事を思い返す。
アークを担いで戻って来て、警察犬に吠えられて、その声で警官たちが走ってくる靴音がしたから、慌てて姿消して……。
その時に……!
「やっっっべぇえええええええええ………!!」
やらかした。
過去一、最低最悪レベルに。
警察に拾われたか?
でも、誰も出ないならまだその場に……。
「行くしかねえ!!」
俺は外に飛び出して――、ズボンを穿いてないことに気づく。
「あああ、もう!!」
適当なハーフパンツを引っ掴んで着込み、チャリに飛び乗った。