十一話 ボス
「ふぅー、ギリギリだったわ。あぶねぇなこの野郎」
俺は魔物の死骸を蹴り飛ばす。流石にこんなバグ世界のバグ魔物は食えんわな。
「え、だ、誰……? プレ、ちゃん?」
「んーっと……勇者です」
「……何それ。でも、ありが、と……う」
安心し切ったのか、クスっと笑ったアークはそのまま気絶してしまった。
俺は負担にならないよう、寝かせて具合を見る。足のケガが酷いな。すぐに手を施さないと。
「確か……アレが、什匣の中に。あ、あった」
まさぐっていた中から目当てのものを引っ張り出す。優しい顔をした女神の胸像と、緑の宝石が先端に施された杖だ。
【慈悲と慈愛の杖】。あらゆるケガ、病気、呪いを浄化する神の奇跡の杖。異世界から地球に帰る時、仲間の聖女から託された贈り物だ。
「使い方は~、あー、そうだ。こうやって」
俺は杖を患部に当てて魔力を送り込む。
「彼の者から七難八苦を祓い、護り給え!」
緑色の魔力の光がボロボロになったアークを包み込む。まるで動画の逆再生機能のように傷口は塞がり、肌の血色は健康的な赤味を取り戻した。
「これで大丈夫かな……ん?」
地図に一際デカいエネミーの輝点が生まれ、猛烈なスピードでこっちへ突っ込んでくる。
ザザザ! と賑やかに草が揺れ、顔を覗かせたのはもう見慣れたあの魔物。
ただし五倍くらいデカい。
いわゆるボスってやつかな? ダンジョンにも高レベル帯だと名前持ちと呼ばれる強い奴が出てくるし。
魔物は俺を見ると、耳がわんわんしそうな金切り声で大絶叫する。喧しいのなんの。
「うるせぇな、アークが目を覚ますだろボケが」
俺は黙らせるためにも弾かれたように疾走し、思いっきり蹴り上げる。
「ゴァッ!?」
仰向けで吹き飛ばされる魔物。その際、何本か口の歯がへし折れて吹き飛んでいく。
これ、売れるかな……? 気になるし、一本だけ持っていくか。
「もし目を覚ましたらお前を見てビビっちまうだろ。少しは寝かせてやれや」
「グ、ガァ……」
身体を起こした魔物は憎々し気に俺を見て唸る。
「とっとと消えろ。俺の目的は果たした。邪魔するならぶっ飛ばすぞ」
俺は剣を見せつける。マナのない地球ではただの切れ味が凄まじいだけの剣だが、マナに満ちた大気では聖剣バルシュヴァリオンとなる。その力はあらゆる魔の存在の命を絶ち、切り裂く。魔王であろうとも直撃すれば、絶対に耐えられないほどの聖なる力だ。
刀身が帯びる気配に圧されたのか、魔物は後ずさる。
よーし、いい子だ。そのまま下がっとけ。俺は早くアークを安全な所に送りたいんだ。
「グ!? ガアァア!」
だが突然、魔物は両手で頭を掴んで悶え始める。
これは……。
「ガアアアア!!」
今度は迷いなく肩を怒らせ、俺目掛けて突進してきた。
「チッ」
俺は手を翳し、突っ込んできた魔物の顔面を受け止める。
そしてこの戦いを観察しているであろう誰かに見せつけるため、あえて派手にやってやることにする。
「悪趣味なヤローに使役されて、お前もカワイソーだな」
開いてる方の手で拳を作り、一撃。巨体が大きくノックバックしたところで、俺は懐に飛び込んで聖剣を翳す。
「星雷剣!!」
三叉に分かれた雷撃が迸り、内二つは魔物の動きを止めるように肉体へ突き刺さった。最後の一本は聖剣の刀身に宿り、バチバチと激しく帯電した。
この聖剣には雷の力が宿っている。当然、普通の雷属性ではなく、浄化の力を秘めた神の雷だ。だから雷に耐性を持つ魔物や電気エネルギーそのもののような霊体にも通用する。
「じゃーな」
必殺の一撃。それを振り抜けば、魔物の身体を貫いていた二本の雷の槍も反応。轟く雷鳴と共に引き裂かれ――、黒焦げになって消し飛ぶ。
後に残ったのは真っ黒になった地面と、ゴトリ、と転がる宝箱だけだった。
やりすぎたか? まあ、良いアピールにはなったかもな。それより……。
「バグ魔物でも宝箱を落とすんだな」
異世界でもダンジョンでも、一定数の魔物は宝箱を隠し持っている。倒すことでそれを残すのだが、ゲームの定番と分かりやすさを込めて【ドロップ】と俗称されている。
「……大丈夫かよ?」
開けたらQRコードの出来損ないみたいなヤツが飛び出したりとか、文字化けした没アイテムとか、無を取得するとか無いよな? とりあえず持ち帰って慎重に調査しとくか。
俺はアークを抱き抱えると、その場から飛び去った。
「……アレが、噂の勇者ちゃんかぁ。ウフフ、随分愛らしい姿になっちゃってるケド……魔王を倒す力は健在のようネ。いいワ、あなたの強さに免じてこのバグは消してあげる。でも、まだまだ始まったばかり」
「この世界も救えるといいわネ」