十話 マナ
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周囲は途端に真っ暗な闇で包まれた。風切りの音だけが耳元で激しく鳴り響いた。
「暗くて何も見えねぇな……。古き光よ、全ての道を暴け! 夜光霧、最大光量!」
俺は掌から野球ボールサイズの光の玉を打ち上げる。その小ささとは裏腹に、まるで昼間の太陽のような強力な光源になった。
浮かび上がった光景は何も変わらない。絶壁に囲まれた黒一色の世界。こんな所を降下していった陸自の人たちのメンタルの強さよ。
ゲームだとキャラが虚空に放り出され、無限落下するなんて割と良くあるけど、現実的に考えると気が狂う恐怖だからな。
暫く気楽な落下を続けていると……出口が見えてくる。明かりだ。つまり向こうの世界には光源がある。
「太陽があるとか言ってたもんな」
俺は着地に備え、態勢を整えた。白い光が視界を埋め尽くす――。
「うわッ!?」
唐突に俺は今まで落ちてきた方向とは、真逆へ引っ張られる。それでも何とか受け身を取って降り立った。
ああー……なるほどね。自分が通ってきた穴を見る。ドラえも〇の地球空洞説と一緒だ。重力が反転してるんだな。
頭上を見上げると、確かに場違いな空と太陽が当たり前のように存在している。周りは何処までも果てしなく広がり続ける草原。一見長閑に見えるけど――長い草に紛れて、あちこちにいるんだよなぁ……。
あーこの感じ、間違いない。特異性落下世界だ。そして――同時に懐かしい気配もする。
「……マナが、溢れている」
異世界の大気に普遍的にある力。魔法の行使を助け、魔法のアイテムの作動に欠かせないモノ――。それが満ち溢れていた。
理由は分からん。やはり異世界と何かしらの関連があるのは確かだと思えるが……、今は考察は後回しだ。マナがあるなら都合がいい。
――久しぶりに全力で、戦える。
什匣を解放し、兜、鎧、篭手、臑当を呼び出す。どれも勇者専用装備よりピーキーで魔力をドカ食いするシビアな奴ら。俺の要望と戦闘スタイルに合うように、ドワーフの名工が作ってくれたんだ。
装備は自動で身体の各所に装着され、俺は兜の面頬を下ろす。視界の周囲にホログラムのように各種数値やステータスが可視化され、搭載された高度な探知処理装置により、一瞬にしてこの世界の地図を描画してしまう。
「アークって子を探してくれ」
俺の声に従い、地図の一か所に生命反応の輝点を表示する。
「あとついでに、敵の位置も」
途端に地図がエネミーの輝点で真っ赤になる。わーお、これは酷い。どうせすぐに全部消えるけど。
「じゃ、サクッと助けに行きますか!」
俺は剣を抜き放った。
「ハァッ……ハァッ……また、同じ場所に……」
麦星アークは何度目かになる朽ちた小屋を見て、ついに座り込んでしまう。この不気味で狂った世界に迷い込んでから何時間が過ぎたのだろうか。
太陽はずっとやや西に傾いた位置に居座り続け、微動だにしない。スマホの時計はストップウォッチのように忙しくなく数字が変動し、使い物にならない。ネット通信も全滅だった。
ただ辛うじてヘルメットに着いたカメラで記録することは出来てている。
「何なの? ここは……」
アークは愛用の豊和M1500ライフルに縋るように、か細く呟く。
彼女は落下地点から動くつもりは無かった。下手に動き回るより、待機していればいずれ救助が来ると判断したからである。
しかし彼女は無数の異形の怪物の襲撃を受けてしまう。必死に応戦し、逃げ惑う内に方位を見失った。最初は太陽を目印にしていた。だが、すぐにアテにならないと思い知る。どれだけ歩いても落下地点に戻れなかった。探査系のスキルも何故か全く機能していない。
この目立つもののない草原と言うのも最悪だった。進んでも進んでも草原。そしてその長い草に隠れて奇襲してくる怪物たち。いかに有数の配信者と言えど、既に少女の精神は限界を迎えている。
「……帰りたい……帰りたいよ」
子供の頃、広大なデパートで迷子になった時のような不安感が心を圧し潰す。この空虚で空っぽな異空間に唯一人、と言う現実が歩く気力を奪っていった。
しかしこの非情な世界は少女を休ませない。ガサリ、と草が不自然に揺れる。
「ッ!」
咄嗟にライフルを構えるが、極度の疲労と恐怖が動作を鈍らせる。
「く、ああッッ!?」
草場から飛び出してきた魔物が発砲を躱し、少女の足に噛みつく。激痛が走ると同時に、恐ろしい力で草の中へと引き摺りこもうとした。
「は、放せェッ!!」
縦長の口に銃身を突き込み、引き金を引く。
断末魔の絶叫と共にバシャッ、とどす黒い鮮血が迸った。
「う、ぐぅ……ああ」
怪物の死骸を蹴り飛ばし、怪我の具合を見る。破けた迷彩柄のズボンからは、真っ赤な血が勢いよく流れ出ていた。
震える手でポーチから応急キットの包帯を掴み取り、泣きじゃくりながら巻き付ける。
「……グズッ、く……誰か、誰か助けてください――!」
無駄と分かっていても、アークは無線に呼びかけた。ザー、と砂嵐が聞こえるだけだった。配信のコメントも穴に落ちる直前のまま、固まっている。スパチャの「アークちゃん、頑張れ」の文字が最後のコメントだった。
「SOS……! メーデー、メーデー、メーデー! 助けて、help!」
ガサっと、再び草が揺れた。顔を覗かせた魔物を見て、アークは見開いた目から涙を零す。
「嫌、嫌だ……お願いだから、パパ、ママ! 死にたくない、死にたくないよッ!!」
魔物はゆっくりと近づいてくる。アークはライフルを構え、発砲。恐怖で痙攣する手ではまともに狙えず、弾丸は明後日の方向へ飛び去る。二発、三発、立て続けに外し、弾倉が空になった。
交換しなければならないが、最早パニックを起こした頭では無意味に引き金を引くことしか出来ない。
「ごめんなさい、パパ、ママ……ごめんなさい……プレちゃん、もう一緒に配信できなくなって、ゴメン……ゴメンね……」
脳裏を過る両親と親友の姿。
アークは目を閉じた。閉じてもなお、流れ出る涙が地面に落ちて、魔物がアークを食らわんとした時。
「何してんだコラァ!!」
稲妻のような閃光が、魔物の首を跳ね飛ばした。