九十二話 VSヴェスナー
「正直、お前の事は最初から気に食わなかった」
「ああそう」
「そういう態度がな――!」
猛烈な速度でヴェスナーが迫る。両手の拳につけられたのはアパッチリボルバーと言う特殊な形状の打撃武器――兼ナイフ兼拳銃。これ一つで打撃、射撃、斬撃を行える珍しい武器だ。
「オラァ!!」
オーセニとは異なり、単純なパワーで殴りかかってくる。対して俺は腕で止めて受け流した。中々の力だが、ただの力自慢だけなら何度も見てきた。もちろん、ヴェスナーはその程度の相手ではない。
予想通りヴェスナーの拳が途中で向きを変え、アパッチリボルバーの銃口に合わせてくる。
「喰らいな!」
パアン! と鳴り響く銃声。
一つの武器に三つの機能――特に銃器と言う複雑な機構を組み込むのは無理があった。暴発の危険、リロードの遅さ等、拳銃としては落第だが何よりも……。
「……弱いな」
射程が短く、威力もかなり低くなっている。あくまでも近接格闘戦で不意の一撃を入れるのに特化したものだ。それでもチンピラ相手なら脅威だが、俺には何の意味もない。飛んできた弾丸を掴み取り、指弾の弾丸に利用するのみ。
「!」
弾き飛ばした弾丸をヴェスナーは顔を真横に曲げて避けつつ、カウンターの右ストレートを見舞ってきた。
こちらも左の拳を握り、殴りかかる。二つの打撃が正面衝突し、肉と骨同士がぶつかり合う音が鈍く響いた。
「チッ!」
一方的に拳が弾かれ、跳ね上がるのはヴェスナー。当然、その隙を見逃すつもりはない。
「震突勁打!」
一気に至近距離まで潜り込み、掌底を繰り出す。脇腹を深々と抉るように打つが、手応えが緩い。
また自分から飛んで逃げるテクニックか……もう見飽きたな。
ポケットから六角を数本取り出し、逃げるヴェスナーへ投げつける。
「!」
両手のアパッチリボルバーで致命的な射線のものは撃ち落とすが、割り切った分はしっかりと肉体に突き立つ。
「クソ……お前、本当にムカつく位強いな!」
刺さった六角を乱暴に抜き取り、投げ捨てる。
「でもオレをナメるなよ」
左手の拳がやにわに光りだし、それで自分の身体を殴りつけた。ホタルのような淡い緑色の光に包まれて、六角がつけた傷口が見る間に塞がっていく。
「本来受けるダメージを回復力に変化させる。お前の攻撃力を回復力に変換すれば、大抵のダメージは帳消しにされる……ってか」
これがヴェスナーのスキルだ。欠点は持続性が短く、相手からの攻撃を見切って発動させるのは難しい事だ。だから今のように専ら自分で自分を殴るタイミングで使い、傷を治療している。
「その通りだ。このスキルで俺はここまで成り上がったのさ。最底辺の貧民街からな!」
加速するヴェスナー。振るわれた拳を避けるが、その拳の圧だけで周囲の鍾乳石が粉々に破壊される。
「お前みたいな生まれついての金持ちのボンボンとは違うんだよ!」
乱打される両拳を、俺はスウェーイングでいなし続けた。
「そろそろ目が慣れたんじゃないか?」
そして唐突に右拳の軌道が変わる。ナイフが飛び出し、躊躇なく首筋を狙ってきた。更に左の拳は俺の回避する方向を潰しつつ、その方角を封じた際に取るであろう空間への発砲も並行させてる。
ゲームにおける置き技を本当にやる奴がいるとは思わなかったので、少し驚いたけど大体は想定済みだ。
「そう来ると思ったよ」
右手の手首を掴み、ねじり上げる。
「ッッ! ヤベェ!」
合気道の要領でぶん投げようとしたが、ヴェスナーは足を割り込ませて強引に踏ん張って脱出していく。
システマ由来の剣術を扱うオーセニとは異なり、自分の恵まれた身体能力を駆使したその場その場の応用力……。確かに強いな。だからこそ解せないが。
「お前、そんなに強いのに哀れだよな」
「あ?」
「なんで、グリッチャーと手を組んだ?」
俺は単刀直入に聞く。どうせ遠回しに聞いたところではぐらかすだけだ。
「……なんだそれ? お前、誰かと勘違いしてるんじゃねぇか?」
心底、分からないと言った感じに顔を顰めるヴェスナー。
「オレは姉さん以外の奴となんて関わらねぇし……お前さ、ウソの情報に踊らされてんだろ」
俺もあのジジィを信じ切ったわけじゃない。だが、それでもヴェスナーには疑えるだけの要素が多すぎただけだ。オーセニが頼めばお前は何でもするだろう。
「じゃあ、Hワイトのあのレイピアは何だよ」
「知るかよ。オレだってさっき初めて見たんだ」
「………」
こうなるから、Hワイトは生かしておきたかったのに。こいつ、姉への乱暴云々は建前で口封じに殺したんじゃないか?
「なら質問を変える。お前は――猫山マソラを知ってるか?」
「……さあな」
「知ってるんだな」
「どうとでも思え、よ!」
ヴェスナーが瓦礫を蹴り飛ばしてくる。広がり飛んでくる礫。それら全てを見切り、俺は肉薄。
「っ!」
「全部話して貰うぞ」
ガード越しに殴りつけ、吹き飛ばしたヴェスナーを指差す。
「哭け、星の軛。重殺の断頭台――宍躰星獄」
紫の魔法陣が浮かび上がると同時、ヴェスナーをその場で拘束し魔法陣内部の重力が急激に高まっていく。
「ち、畜生、何だこれは!」
「話せるうちに話した方が良いぞ。喉が潰れたら話せなくなるから。まあ、治してやるけどな」
これは脅しだ。加減してるし、流石にあの二人組に見せたような地獄はやらない。だが返答次第では必要になるかもな。
「ぐ、こんな、もの! オレのスキル、で!!」
また自分を殴って怪我を治そうとするが、この重力下でまともに動くのは無理だ。それに治せた所でジリ貧だろう。抜け出す術がないのだから。
「もう一度聞くぞ。マソラの事は知ってるんだな?」
「……ああ、そうだ! あの変なアイテムコレクターだろ!? 知ってるさ! 拉致って来いって、政府から依頼されてたんだよ! 破格の金でな!!」




