第6話 この回想が全て夢だったらいいのに
「ごめん、待った?」
授業が終わったあとに呼び出したセレストは、俺が指定した時間より早く講堂で待っていた。約束した時間より五分早く到着したのに、もっと早くから……いつから待っていたのかを聞くのは怖いからやめた。
俺を見つけたセレストはソワソワと髪を直し、あからさまに好意的な態度のくせにツンデレを発揮。
「待ってなどいない。私は忙しいんだ、用件だけ早く言ってもらおうか」
頬を軽く染め、細いフレームの眼鏡をクイクイ上げる姿は“オンナゴコロヲクスグル”ってヤツなんだろうが、俺の心は凪だ。
だがしかし! ここはテンションを上げてこのイベントを乗り切るしかない。思いっきり女リンになりきってセレストを誘惑する。
「忙しいところ、ありがと。来てくれて嬉しいっ」
「フン、それで用とは何だ?」
言葉とは裏腹に嬉しそうにニヤけながら、セレストは俺に向き合った。「俺は女リンだ」と脳内で繰り返しながら、好感度がやたら高いセレストの手を握る。
「……分かってるくせに。ねえ、お願い……こっちに来て?」
「!」
俺はそのままセレストの手を引いて、講堂の用具室の中に入った。ここが【秘密の部屋】への入口となる場所だ。
「こ、こんな場所に誘い込んで、何を考えている?」
セレスト……声が上ずってますけど? ナニ考えてんだよ……考えていることくらい、俺も男だから手に取るように分かるけど。
しかし手汗やべえな、コイツ。
「えー? 何だと思う?」
思わせぶりに用具室の中に放置された椅子に座り、グイとセレストの手を力いっぱい引き寄せる。
いきなり思わぬ方向に引っ張られたせいで体制を崩し、セレストは俺に覆いかぶさる格好になった。
「す、す、す、すまないっ」
顔を真っ赤にして横に反らし、慌てるセレストの首に手をまわすと顔を引き寄せる。
うう、何か知らんがドキドキする……沈まれ、心臓! 相手は男だぞ?
脳内で深呼吸をしながら、俺はセレストに迫る。
それでセレスト、オマエはなんでちょっと“いけるんじゃね?”って顔してやがるんだよ。腹が立つな、クソッ!
ほんの少しお互いの唇が触れた瞬間、その場に光が溢れて【秘密の部屋】に誘われる。俺に気持ちはなくても、転移は成功したみたいだ。
転移した秘密の部屋の内部は、ただの真っ白な空間が続く場所で、俺とセレストだけが色を持っていて、お互いが逆に眩しく見える。
部屋の底に落ちる瞬間、遠くの方に双連式演算宝珠が光っているのが見えた。
椅子が消えてしまったため、底に落ちた反動でセレストに押し倒される格好になる。セレストを見上げると、明らかにヤツが調子に乗っているのが分かった。
待て待てマテーイ! なんだよ、何なんだよその潤んだ目はッ!
し、静まれ心臓ッ! 何で俺もちょっとまんざらでもない気分になってんだ!?
嫌だと抗いたいのに、キュンキュンと体内にドーパミンが放出され、ドキドキ高鳴る心臓の鼓動が……クソうるさい。
「リン……俺を選んでくれるのか?」
そう言いながら甘ったるい視線をなげかけ俺の手を組み敷いて、そのまま唇を奪うと……あろうことか舌をねじ込み、俺もそれに応じて……頼む、もうこれ以上は思い出したくねえ!
ディープなキスをしながら俺の胸にヤツの手が伸び、制服のボタンがひとつまたひとつと……
「やっぱ、無理ぃぃぃ〜!」
思いっきりセレストの腹を蹴とばして――流石に股間は俺も痛い気分になるから無理だった――涙目のまま双連式演算宝珠に駆け寄り、手が触れた瞬間……
宝珠が弾けて飛び散った。
神龍を呼ぶあの玉みたいに、だ。
どうやら、俺がセレストを拒んだせいでバグが発生したらしい。
本来、この部屋は男女がそういったことをするイベント用の部屋だ。ようはナニもしてないのに、俺が宝珠を手に入れようとしたことが問題だったらしい。
ビーッ、ビーッ……
大きなアラート音が鳴り響くと、真っ白な空間に赤い半透明のウインドウが現れる。緊急クエストの時に出るのがこの赤いウインドウだ。
そこにはこう書かれていた。
『バグにより宝珠が十に分かれ飛散しました。カケラとなった宝珠を手に入れますか? YES or NO』
その選択肢の下には、注意書きでこう書かれていた。
『YESの場合は元の空間に戻れますが、全ての宝珠を手に入れるまで強制的にモテ体質になります(うざいくらいなのでお気を付けくださいね? 意味深な微笑み)』
意味深な微笑みって何だよ。
『NOの場合は、パートナーと大人の階段をのぼり切るまで一生この空間から出られません(おやおや、時間はたっぷりございますよ? ニヤニヤ)』
…………。
あほかあああああ! 運営、何考えとるんじゃああああ!
ちらりとセレストを見ると、まだ気絶したままだ。ヨシ、この選択肢はヤツに見られていない、セーフ!
どちらにせよ、俺の選択肢はイエスの一択しかない。
「イエス、YESだ! だから早くここから出してくれ!」
赤いウインドウの表示がまた変わる。
『YESを選んだアナタは、これから宝珠のカケラを探していただきます。カケラとアナタは引き合いますが、どのような形や期間でカケラが現れるかはランダムです』
俺が読み終わるタイミングでウインドウに次の言葉が表示される。
『月に一度だけ、満月の日にエラーが発生します。その日はカケラ出現率2倍となり夜も行動できます。ただし必ずカケラが出るわけではありませんので、行動にはくれぐれもご注意ください』
「なるほど、月イチでボーナスタイムがあるのか。了解!」
『では、オ・タ・ノ・シ・ミ・ク・ダ・サ・イ・・・ネ(失笑)』
「待て、最後のそれは一体何…………」
俺が真相を聞く前に、セレストと共に光に包まれ強制転移で元の場所に戻ってしまった。
こうしてなにごともなく【秘密の部屋】から出られた俺は、セレストとのあれやこれを夢だと押し切り、何とかごまかして部屋に戻るとベロまで入念に歯磨きをしたわけで…………。
ぐう、思い出すだけで身震いする。
冷たい感覚が背筋を這い、俺はノートを握りしめてぶるぶると小刻みに震えた。
しかし、俺のファーストキスの思い出がアレなんて……くすん。
こんなことなら、女キャラと良い感じの時にちゅーくらいしておけば良かった。まだちょっと早いと思って寸止めするんじゃなかった。
あんなの、男同士だからノーカン…………しくしく。
…………しくしく。