その時は突然に
何から伝えればいいのか。
何事も起きず時は流れて、二度目の満月もセレストの服をこっそり返却したくらいで、特に何のイベントも起きずに終了した。
後悔した俺は、とにかく何かのイベントを出現させるために躍起になった。
前述していた通り、女性キャラクターたちとはほとんどのイベントを攻略しているため、これ以上好感度を上げる術がなく、出来ることと言えば毎日一緒にご飯を食べたり、難易度の高いクエストを一緒に攻略するくらいしかしかない。
シミュレーションゲームをプレイした人間には分かると思うが、この好感度を微増させるだけのルーチンは結構シンドイものがある。もしかしたら人生の大半がそうなのかもしれないが、何の刺激もない毎日を繰り返すだけという生活は、俺には物足りないものだった。
ああ、刺激……何でもいいから刺激が欲しい!
良く知っているゲームの世界に転生したせいで、俺は毎日「何かのイベント」が発生して欲しい欲求にかられていた。
「何か刺激的なことはないかなあ」
俺の呟きは、思わぬ相手に届いてしまう。
「えー? ナニナニ? レナが相手になってあげよっか?」
後ろからするりと手を回し抱き付いて来たのは、上級攻略対象キャラの「レナ・シルヴァンテ」だ。
「ひゃあ! びっくりした!」
本当に驚いて変な声を出してしまった。考えている時に急に声を掛けないで欲しい。
実は、俺はレナの研究については思うところがある。それは全校生徒が知っていることでもあるが、少々彼女の研究は危ないのだ。
レナは魔力が強い。そのため、魔術の研究に余念が無いのはいいのだが、困ったことに暴走癖がある。何度研究室が爆破されたことだろうか。もちろん、ゲーム補正でいくら壊しても翌日には何事も無かったかように元に戻るわけだが……そんな破壊王のレナが弾んだ調子の声で話しかけてきたので、少々身構える。
レナは、あまり凹凸の無いスレンダーボディをぴったりと密着させ、甘えた声を出す。
「今、開発してるのが“防御力マシマシ付与魔法”なの。リンにぜひ協力してほしいなぁ~って。きっと刺激的に違いないよ」
さわさわと俺の頬に這わせる指がちょっとイヤらしい。もしかしたら、解除したはずの魅了がまだ漏れてしまっているのだろうかと心配になる。
「くすぐったいよぉ!」
そう言ってレナの指をさりげなく躱し、振り向き瞳を覗き見る。しかし瞳は澄んでいるし、以前あったような魅了状態ではない様子だ。ただ俺との親密度が高いせいで、過度な接触をしているのだろう。正直言って、もう二度と魅了でモテモテ状態になるのは御免だ。
……ん? そう言えば、今“防御力マシマシ付与魔法”って言ったか?
「ねえ、レナ。おあつらえ向きに防御力アップしたい素材があるんだけど……」
レナを見上げておねだりすると、二つ返事で快諾してもらえた。ラッキー!
防御力を上げたいアイテムは、つい先日に親密度上げで仕方なく“人畜無害男リアン”とデートした時に見つけた衣装「NINJA」だ。見た目の恰好良さに全振りされた衣装は、忍者と言うには防御力が今ひとつで、魔法を付与し全体的に防御力をアップできないかと考えたのだ。
デート中ではあったが、男物の「NINJA」の衣装は一目ぼれしてすぐに購入を決めた。興奮する俺を見て若干リアンが引いていたのが記憶に残っている。手に入れられるなら少しくらい好感度が落ちても良いと思えるくらい、とにかく格好良い衣装なのだから仕方がない。
レナの快諾を受け、十分後に研究室に集合することで合意し、一度衣装を部屋に取りに戻る。
クローゼットに吊るしておいた衣装を手に取ると、高級でなめらかな生地に触れて思わず見惚れてしまう。
「やっぱ格好いいなー、この衣装。男に戻ったら丁度いいサイズだろうし……この衣装を着たイケメンの俺……フッ」
細マッチョの俺がこの衣装を纏う姿が脳裏に浮かび、あまりにも神々しくて思わず笑いが漏れてしまう。そして、ふと思う。
全貌をレナに見せるのは惜しい、と。
せっかくなら、この衣装を纏った男の俺の姿を見せたいじゃないか。初めて見るカッコイイ姿の俺の方が、より惚れちゃうだろう? 絶対さっきよりも身体を密着させたいと思うよな?
煩悩のせいで、この衣装を持ち出すのが急に惜しくなる。どうすればいいか考えた結果、鎖帷子だけに付与を試みることにした。
そもそもレナは爆破魔で、衣装が無事に済むかどうか分からない。それなら元々の防御力が高い鎖帷子で試せば、万が一のことがあったとしても破壊は回避されるだろうし、元々の防御力が高いアイテムに更に上乗せで付与できるかを調べる実験にもなる。
鎖帷子なら万が一壊れても後悔しない……いや、後悔はするだろうが、目に見える部分の衣装を破壊されるよりはマシだろう。
何より俺が防御力アップを試してみたくて既に胸が躍っているのだから、鎖帷子一式が塵になろうとも……なろうと…………うん、なったその時の感情に任せよう。ただ、後悔はその瞬間だけしか“しない”とここに誓おう!
強い決意を胸に研究室のドアを叩くと、既に研究用の白衣に身を包んだレナが待ち構えていた。
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