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第七話

昼の食休みをルシカのもとで十分にとったルーガが、憩いの空間を辞して、右竜・左竜が待つ館へと戻ると、長身の女性が玄関前で待っていた。言わずと知れた右竜・リノンである。


「ルーガ、待っていたのよ。ユルグ老があなたに話があるって」


 ユルグ老は、黒竜族でもっとも薬草に造詣(ぞうけい)が深い監査係長を務める人物で、ルーガも族長として必要最低限以上の薬草の知識を彼に叩き込まれた一人である。


 右竜を伴った若き黒竜族長が応接室の扉を開けると、来客向けの布張りの長椅子には、姿勢を正して腰かけている初老の男性と、紅顔の天才美少年、イオン・カエルラが並んで座っていた。


 ルーガはまずは年輩である男性に親しげに、しかし、敬意ある挨拶をした。


「ユルグ老、わざわざご足労いただかずとも、こちらから出向くものを」


 輝かんばかりの金色の髪に夏の青空を映したような双眸の黒竜族長を前にして、初老の男性――ユルグ老はにこりともせず、無表情のままだった。


 ユルグ老は余計な肉など一切その身にない痩身をしており、黒竜族特有の金色の髪には白髪も目立っていたのだが、いつでもまっすぐに伸びた背筋、そして隙のない理知的なまなざしが年齢を感じさせない人物であった。また、黒竜族の若者たちに薬草学を教える役も担っており、たるんだ生徒を一喝するその怒声たるや、雷神の化身――つまりはカミナリ爺さまとして裏では有名である。しかしながら、皆に頼りにされているのは、やはり厳しさだけではない人徳があってこそであろう。


 黒竜族長が向かい側の椅子に腰かけたのを機に、ユルグ老は口を開いた。


「ルーガ様。先日、私の孫が、とある少女の家の庭に勝手に立ち入り、その少女から見事な野イチゴの砂糖漬けをいただいて参りました。その時、あなた様がご一緒であったというのは間違いございませんな」


「あなたの孫、ルーエの言うとおりだ。間違いない。その時点で彼にはきちんと彼女に謝罪させた。禍根はないはずだけどね。あまりルーエを叱らないでやってくれないか」


 ユルグ老が少しくすんだ青色の瞳で、きっぱりと言い切ったルーガの表情を凝視した。


 ルーガはその射抜くような視線を勇敢に受け止め、話の続きを促した。


「ルーエには今、イラクサ摘みの作業をさせております。謝罪したとはいえ、人の礼を欠いた者にはそれ相応の罰を与える。それが私の教育方針です。よもやあなたもお忘れではないでしょう」


「……いまでもイラクサの感触を思い出せるほどですよ」


 ちくちくするイラクサの毛の感触が手のひらに甦ったルーガは、思わず口元に苦笑いを浮かべた。そして、それを早く忘れたいとばかりに、話を切り出した。


「それで、ユルグ老。今日はわざわざイオンを連れて、その話のためだけに来たわけではないでしょう」


「そのとおりです。本題は、ルーエが少女の家で見つけたという、植物のことについてです。まったく、わが孫ながら、植物の見極めにだけは才があるようで」


「植物?」


 ルーガは、ルシカの見事な緑の庭を思い出しながら、ユルグ老が気にかけるほどの植物があったであろうかと考えた。


「ルーガ様。その植物、このイオンが少女の庭の片すみに植えて秘密裏に育てていたらしいのですが、偶然、孫が見つけた代物です」


 ルーガの視線は金髪に菫色の瞳をした少年に移された。イオンは、叱られているわけでもないのに、どこかばつが悪いような表情をしており、あまりその植物について語りたくないと思っているのが伝わってきた。


「ああ、それで、ユルグ老。その植物とは何ですか」


 イオンが何を渋っているのかわからないが、とにかく話を進めるためにルーガは問うた。


 ユルグ老は、いつもは表情が分かりにくいその厳つい顔に、明らかに興奮の色を浮かべて言った。


「植物の名前は『ブラン・オール』。この双竜山でも珍しい薬草の一つです」


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