第六話
それからというもの、ルーガは個人的にルシカのいる山小屋へ頻繁に足を運ぶようになっていた。もちろん、リノンやギルウスに咎められぬよう、昼の食休みや休日といった時間を利用して、である。
ただ、黒竜族長の補佐として申し分ない右竜・リノンは、ルシカ――つまりは、親友に関してはことのほか敏感なようで、目じりを吊り上げるようにしてルーガの動向に目を光らせていたのだが。
「リノンは最近、小姑のようにうるさいんだよな」
初夏の清清しい日差しが差し込むルシカの山小屋で愚痴をこぼす、長身に輝くような金色の髪をした美青年は、すっかりその場になじんで違和感がなかった。
『リノンはああ見えて心配症ですから、竜星様の身を案じているのだと思います』
かまどの鍋で湯を沸かし、ふんわりと香ばしい琥珀色の香草茶を淹れたルシカが、妖精の髪を織り込んだ手巾を使って意思を伝えてきた。
ルシカのことは、本人だけでなくリノンにも問いただしてその素性を知った。
ルシフェルカ・アニス。それが栗色の髪の少女の、本当の名前であった。
アニス家といえば西の大国・トラロック王国にある伯爵家で、現在家を取り仕切るのは国王にも覚えがめでたい独身の兄弟である。
ルシカがアニス伯爵家の養女であれば、この山小屋に取り揃えられた逸品の数々にも納得がいくし、超珍品である不思議な手巾を持っていることもあり得ぬことではなかった。
しかしながら、肝心なことは未だ得心のゆく理由を聞かされていないルーガである。
それは、なぜルシカはひとり隠れるようにして双竜山の奥地に住むことになったのか、そして、呪具をその細い喉頸に着けざるを得ない彼女の特殊能力とは何なのか。
黒竜族長の命令として無理やりにでも聞き出すことは可能であったが、ほかならぬリノン、そして目の前の儚げな少女に無骨な手段を取ることはできなかった。
木の丸椅子に腰掛け、長い脚を堂々と組んでいるルーガがしばらく黙りこんでいると、ルシカが首を傾げた。
それに気づいたルーガは、食卓越しにルシカに顔を近づけて言った。
「ところで、ルシカ。竜星様という呼び方はしなくていい。ルーガだ。敬語もいらん」
いたって真摯なまなざしを向けるルーガに、ルシカが困惑して眉をはの字にした。
そんな表情を見たときの気持ちが、左竜・ギルウスを困らせた時の妙な達成感に似ていて、ルーガはいきなり笑い出した。
『どうされたのですか』
青年が笑う訳が分からぬ少女が妖精の手巾を使って問うてきたのに対し、目じりから涙をこぼしながら「ごめん、ごめん」と謝るルーガは、自分が久方ぶりに腹を抱えて大笑した事実に爽快な気分になっていた。
「しばらく待つことにする」
真実は自ずと知れるもの――。ルシカの秘密も、何もかも、この幸福感をおいて今知るべきではないのだと、若き黒竜族長は心に強く思ったのだった。