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第四十九話

 ルーガたちを乗せたアニス伯爵家の四頭立て馬車が慌ただしく目的地である別宅へ到着すると、館ではちょっとした騒ぎになっているところであった。

「おかえりなさいませ、ジェイス様」

 使用人の女が一人、主の帰りを待ちわびていたように足早にやってきた。長年アニス家に仕え、主人の宿泊先への同行を許されているケイスリンだ。

「どうした」

 必要以上に取り乱したことのない沈着冷静な彼女が、わずかであるが焦燥感を漂わせており、ジェイスが眉根を寄せたのも道理であった。

 ジェイスのあとに続いて館に入ったルーガとギルウスも無言のうちに問うている。

 ケイスリンは客人二人に対し略式ながらも挨拶をすると、ジェイスに耳打ちした。

 と、急速にアニス伯爵の瞳の温度が下がり始めた。いや、そう変化したように感じられるほど、彼の身にまとう空気が冷ややかなものになったのだ。

「――そうか。それで、医術学部長は今どこにおられる」

「応接間でお待ちになられています。それと、ジェイス様」

 軽く目を伏せたケイスリンの声音はいたって静かで淡々としていた。いつもなら主に尋ねられたこと以外に不必要な発言はしない賢明な女性だが、今回は言い添えることがあったようだ。若き主が、ルシフェルカを誰よりも大事に育ててきたことを知っているからだ。

「差し出がましいことを申しておりますのは承知でございます。ですが、ルシフェルカ様がお倒れになられたのは、お悲しみになられたからではないと拝察いたします」

「ルシカが倒れたのか」

 堅実そうなアニス家使用人の言葉に即座に反応したのは、主であるジェイスではなかった。

「ルーガ、落ち着け」

 アニス伯爵とその使用人の会話に割って入った黒竜族長ルーガを、その片腕たるギルウスがすかさずなだめる。しかし、ルシフェルカの名を一度聞いたルーガの勢いは止めることができなかった。

「ジェイス、早くルシカの顔が見たい。会わせてもらえないか」

 ルシフェルカが倒れた――。

 その言葉を聞いた瞬間、目まぐるしくルーガの頭の中でかなり確実な憶測がめぐっていた。それは、かつてルシフェルカを被検体として己が研究を進めようとしていた医術学部長と対面した少女が、何らかの衝撃を心に受けて体調を崩したというものであった。暴力をふるわれたのならば、男の使用人が館内に姿を見せていてもいいはずだ。

 憶測の正否や、その倒れるほどの衝撃が何であったかなど、今のルーガにとっては第一に考えるべきことではない。まずはルシフェルカの姿をこの目で確認することなのだ。

 そんなルーガの気迫が伝わったのか、アニス伯爵は一瞬、ルーガの夏の青空を思わせる、澄んだ青い瞳を凝視したかと思うと、ふと表情を和らげた。そうして、何かに納得したように軽くうなずき、熱心な黒竜族長の願いを聞き入れたのだった。

「あなたは不思議な人だ、ルーガ。――ケイスリン、後は頼む。私は医術学部長にお会いする」

「感謝する、ジェイス・アニス」

 表情を子どものように輝かせる長身の青年を見て思わず顔をほころばせたケイスリンに導かれ、ジェイスはルシフェルカに会うべく、はやる心を抑えて一歩を踏み出したのであった。

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