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第四十三話

 大陸を東西に分断する国境線のように峰を連ねる連山、双竜山。名前の由来どおり、広大な連山を守り治めるのは、二つの竜族――黒竜族と白竜族である。

 現在、黒竜族を束ねているのは、若干二十五歳にして『竜聖りゅうせい』の異名をとる青年・ルーガだ。

 その黒竜族長・ルーガは、双竜山でも北部の領域に住む白竜族の長に会うため、左竜・ギルウスを伴い、緑ざわめく山道を歩き続けていた。

 白竜族の里は、黒竜族の里から山を歩き慣れた足で歩いて一日半から二日ほどのところにある。

 もう間もなく目的地に到着する距離になったところで、すらりとした体型のルーガの隣を歩いている戦士のような体躯をした大きな男――左竜・ギルウスが、口を開いた。

 いつもならば陽気な面持ちで、公務など面倒くさいと文句を言いながら歩くルーガであるが、黒竜族の里を出てからのこの二日間ほど、あまりにも静かなため、見かねたのだ。

「なぁ、ルーガ。ルシフェルカに声をかけずに出てきたことを後悔しているのか」

 落ち着いた低い声でゆっくりと話すギルウスの口調は、兄が弟を心配するそれに似ており、いつもと変わらぬものであった。

 ルーガは、またギルウスにいらぬ心配をかけたと苦笑いすると、質問に対して首肯した。

「白竜族長に『白い悪魔』の一件について呼び出しをくらって、急用だから、といえばそれまでだけどな。でも、正直いうと、お前の言うとおり後悔しているよ」

「ならば、声をかければよかっただろう。お前らしくもない」

 正論で反論の余地もないことを指摘するギルウスを、恨めしそうに横目で睨んだルーガは前を向き直り、本当に彼らしくもなく俯き加減になったかと思うと、そのまま口をつぐんでしまった。そんな青年の口元は、自嘲の笑みともつかない複雑な形に歪められていたのだった。

 さすがに、近しいギルウスにも言えるはずはなかったのだ。

『ルシフェルカが、あのセルジュとかいう男と王立図書館に戻ると決めたから気まずくなった、なんてさ』

 稚拙すぎる理由だ。いつも、リノンから子どもではないのだから、と、小言を言われるが、今回ばかりはくだらない嫉妬だと、心の中で自らの頭を抱えてうずくまるしかなかった。

 あの日――あの王立図書館から公用で赴いたセルジュが館の扉を叩いた日、彼は三つの用件を携えていた。

 一つ目は、もちろん、若い王立図書館員たちの双竜山への不法侵入について。

 二つ目は、以前から耳にはしていた、イオン少年の正式な王立図書館への就学依頼だ。

 そして三つ目は、やはり、王立図書館から逃亡したルシフェルカの処遇についてであった。

 一つ目の用件については、あの聖域で対峙した二人の若い王立図書館員をルーガの独断で逃がした形になったため、そのことで白竜族長に話しをしに行くところである。おそらく、白竜族の『雷光』ことカミナリおやじに大目玉を食らうことであろう。セルジュとはその後で正式に話をすることになっていた。

 二つ目のイオンの就学依頼にしても、結局は本人の意思次第であると、ルーガは思っている。

 だが、三つ目のルシフェルカに関しては、彼女の意思を尊重するなどと、きれい事だけを言える心境ではなかった。

 王立図書館に戻れば、再び被検体として命を削るような辛い目に遭う可能性が高い。もちろん、そんな目に遭わせたくなどない。しかし本音は、純粋に、ルーガ自身がルシフェルカに傍にいてもらいたいだけなのだ。

 やっと見つけたのだ――心のよりどころを。

 風のように気まぐれで奔放なルーガは『黒竜族』という大きな枷に意味を見出せなかったが、守る『意味』をルシフェルカが教えてくれてから、ルーガは変わった。

 黒竜族長ではないルーガ自身が存在することを知り、それを受け入れる喜びも知った。

 生まれてから風の精霊を友にし、家族と離れ、長となるべく育った彼に、今まで本人ですら認識していなかった愛情を知らしめてくれたルシフェルカ。

 そうだ、そうなのだ。くだらない嫉妬をするくらい、ルシフェルカが好きなのだ。たった二日ほどしか経っていないというのに、彼女の顔を見たくてしかたない。

 だが、館を出る前に一目会わなかったことは後悔しているものの、ルーガがすべきことは決まっており、それは愛する少女にもつながっていることだった。

 とにかく前進あるのみ。

「ギルウス」

 ルーガは小さく呟いた。やがて、俯き加減だった顔が上がり、まっすぐ前を見据えたかと思うと、真夏の蒼天を写し取った青い瞳に輝きが戻っていた。

 そうして、迷いなど一掃してしまう張りのある声音で言った。

「大切なものは絶対に守る」

 いつも通りの不敵な笑みをあっという間に取り戻したルーガに、ギルウスは穏やかな表情で肯いてくれたのだった。

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