第四十話
西の大国からの招かれざる客である王立図書館員と共に侵入した黒い獅子により引き起こされた大騒動から数日が過ぎていた。
毒物監査係長・ユルグの孫・ルーエが重傷を負うも一命を取り留めた事件は、瞬く間に黒竜族の里中に広がったが、リノンとギルウスの迅速な働きにより、里人たちが過剰な反応を示すことなく穏やかな日常が戻っていたのだった。
いつもと変わらぬ青い空、澄んだ空気、そして小鳥たちのさえずりが軽やかに聞こえる明るい朝、黒竜族長の館を訪問する者があった。
来訪者の名はセルジュ・ディローヌ。瀕死のルシフェルカに青い外套をかけた、謎の王立図書館員であった。
セルジュは長身痩躯の青年だが、不健康な印象はなかった。背筋が伸びた美しい姿勢は毅然としており、笑みひとつこぼさない、彫像のように整った顔立ちや灰色がかった水色の瞳が彼の人となりを冷たくも冴えた冬の空気のように感じさせた。
玄関の扉を開け、初めにセルジュの姿を見たのはリノンで、たいそう驚いた彼女は束の間、開いた口がふさがらなかった。それもそのはずで、リノンはルシフェルカが王立図書館に軟禁されていた頃のことを知っており、当時ルシフェルカの異能力について研究を進めていた中心人物が誰あろう、このセルジュ・ディローヌに他ならなかったのだ。
我を取り戻したリノンは、いつもはおおらかさを象徴している大きな瞳を疑心で細め、見事なまでの鉄面皮ぶりを披露する青年を睨んだ。
「何か御用でしょうか。その装いから察するに、公用でいらしたようですが」
わざと慇懃な物言いでけん制する右竜・リノンに、しかし、セルジュは淡々と返した。
「黒竜族長に目通り願いたい。今回生じた、王立図書館員の不法侵入についてと、ルシフェルカ・アニスの処遇、そしてイオン・カエルラについて話しがある」
「イオン?」
想定外の名前に思わず聞き返したリノンであったが、そうだ、と逆に一言短く返してきたセルジュの声にあまりにも温度がないので、不覚にも怯みそうになってしまった。
「ルーガ……黒竜族長は、少々取り込み中ですので、お待ちください」
とりあえず咳払いでごまかし、渋々ではあるが、青年を客間に通したのであった。