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第四話

黒竜族と白竜族は竜族の中でも少数民族で、その大半が争いを好まず山奥でひっそりと生活している。


 そんな彼らが暮らす連山は双竜山(そうりゅうざん)と呼ばれ、その名のとおり、まさに竜の如くうねりながら、西の大国トラッロクと北の魔法王国ウォルドを分断するように峰を連ねている。そして、そこには黒竜族と白竜族――双竜山たる所以であるが――がお互いに領域を違えて暮らしていたのだった。


 黒竜族の人々は、金色の髪に褐色の肌を持ち、運動能力に長けていることが特徴である。


 山を下りて働きに出た黒竜族のその大半は商人に雇われ、東西南北への荷運びを手伝う仕事に就く。彼らは素朴ながらも真面目によく働くばかりか、賃金面でもけっして多くを望まないため、雇い主からは重宝がられていた。もちろん、「薬草山(やくそうやま)」と名高い双竜山に残り、そこで少数ながらも広大なる自然を守り、その恩恵を受けて日々を営む者も多い。


 現在、その黒竜族の人々を束ねているのは、若干二十五歳にして『竜星(りゅうせい)』の異名を持つ青年、ルーガ・レクスである。


 さて、そのルーガであるが、リノンとギルウスと昼の食事を共にした後、彼が足を延ばしたのは、双竜山に人知れず住む少女・ルシフェルカの粗末な山小屋であった。


 集落からはずれた山道の木々には少しずつ緑が芽吹いており、その枝の間を通り抜ける柔らかな風と共に歩きながら、ルーガは顔をしかめた。昨日はえらい目にあった――と、ひどい剣幕で怒っていたリノンを思い出したのだ。


 女性の住まいに、相手の応えもなしに突然扉を開けたルーガ本人が悪いのだが、小屋から外につまみ出され、ルーガが口を開く前に礼儀について捲し立ててきたリノンの反応は過剰とも言えた。まるで、リノン自身に非があり、それを必死に隠そうとしているかのようであったのだ。実際、観察眼には自信があるルーガは、ルシカの山小屋の中を見て、疑問に思うことはたくさんあり、リノンの隙を見て問いただそうとした。しかし、いつもは頼もしい姉貴分の様子がおかしいので、やむを得ず昨日は黙って叱られていたのだ。


 そう、ルシカの山小屋は粗末だが、彼女が使用している家財は、意匠を凝らした大変高価なものだった。樫の木であろう食卓はどっしりとして頑丈そうだが、施された精緻(せいち)な浮彫が女性の部屋にもよく似合うものになっていた。おそらく、彼女のためにしつらえられた食卓なのだろう。さらに、その上に置かれた茶器は釉薬(うわぐすり)を塗って焼かれたであろう磁器で、平民ならば町で一季節分必死に働かねば手が届かぬ代物であった。


 そして、もっともルーガを驚かせたのは、あの小さな前庭だ。一見しただけでもさまざまな草木が生き生きと育っており、緑の楽園とも形容したくなる空間なのだ。双竜山の名うての職人かと思わせる見事さであった。


 初めて出会った日にルシカが身につけていた綿素材の衣服は一般的であったし、本人の柔和な雰囲気も手伝い、リノンの友人として双竜山に暮らしていても不思議にも思わなかったが、昨日の一件で、ルシカには何か重大な隠し事があることに気づいてしまった。


 それは、家財のことだけではない。偶然目にしてしまった、ルシカのその姿――白い細首を侵す重度の火傷のような無残な爛れ(ただれ)だ。手当てをしていた少年、イオン・カエルラが身を呈して少女を庇ったので、ほんの一瞬しか見えなかったのだが、彼女の首の皮膚と肉は崩れ落ちそうなほど爛れており、それ以外の健康な肌の白さとのあまりの差異に、さすがのルーガも驚きを隠せなかった。


 あの時、黒雲を走る稲妻の如く瞬時に脳裏に浮かんだ言葉は――


「呪具の(とが)め……か」


 ルーガは確信を持って呟いていた。


 『呪具の咎め』とは、呪術を施した道具を身につけることによって生じる副作用のことである。魔法王国と言われるウォルドには、人でありながらも精霊の力を借りた魔力を持つ者や、幻の獣を異次元から呼び寄せる者など、異能者が数多く存在する。


 しかしながら、中には人の身体では耐えられぬほどの力を持ってしまう者もおり、そういった場合には、力を緩和するための呪具を用いたりするのだ。


 ルシカのあの首の爛れは、まさにルーガが見たことのある『呪具の咎め』の症状そのものだったのだ。


 華奢で色白で儚げな少女に刻まれた痛ましい副作用の痕。リノンが必死になって隠そうとしている事実。ルーガは黒竜族長として、そして一個人としても強く興味を抱いていた。


「知りたいことはたくさんあるが、まずは」


 ルシカに――あの声を持たぬ少女に一言詫びなければならない。というよりは、ただもう一度ゆっくりと会いたかっただけなのかもしれないが、その辺の気持ちは気のせいだと言い聞かせ、ルシカの住まう山小屋を目指したルーガであった。


 

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